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29 『放言ラッキーパンチ』

 キミヨシとトオルは、トウリと別れると店の片付けを始めた。

 トオルが聞く。


「なんだか、普通の人って感じだったじゃねえか」

「だなも?」

「オマエの話じゃ、スゲー頭が切れるっぽかったからよ」

「うきゃきゃ、本当に切れるから表に出てないだけだなも。能ある鷹は爪を隠す、だなもよ? むしろあの人がそれを表に出していたら、失望していただなも。いやはや、いっそうすごくなってるだなもね、トウリさんは」

「なるほどな」

「だなも」


 うきゃきゃ、とキミヨシは小さく笑う。

 実際、トオルは人を見る目があるし、キミヨシもその点は特に高く評価している。しかし、あの『(ほほ)()みの(さい)(しょう)』だけはトオルにも読み切れないらしい。それがキミヨシには楽しかった。

 ただ、トオルもなにかその一端は理解したものとも見える。


「まあ、得体の知れなさとただ者じゃないのはわかるぜ。それより……」


 と、トオルは針を売った稼ぎが入った袋を見て、


「やっと貯まったな」

「これでアルブレア王国に行けるだなも! トオル」

「おかげで一ヶ月遅れちまったぜ」


 キミヨシは笑う。


「まあまあ、そう言わずに。まずは喜ぼうだなも」

「そうだな」


 トオルは鼻を鳴らした。


 ――別に行きてえわけでもねえ留学だが、行くって決まってんならさっさと行っときてえってもんだからな。


 気が短い性格のトオルだから、本当はなんでも手早く済ませたい。悲観的な観測をするタイプでもあるが、行くなら行こうと開き直るところもあった。

 キミヨシはお礼を述べる。


「会計もありがとうだなも、トオル」

「いいって。オレはオマエより計算も得意だからよ」

「トオルより計算できる人はそう多くないだなも」

「んなことねえ」


 照れくさそうにトオルが鼻の頭をこすり、それから頭をかいた。


「ま、家の方針で留学なんかさせられるオレと違って、自分で稼いでまで海外に学びに行こうとするオマエのバイタリティーとか根性は、オレも一目置いてるからよ」

「うきゃきゃ、らしくないだなもね」

「は? うるせえ!」


 キミヨシは笑顔を咲かせて、


「名家のトオルと違って我が輩は百姓の子。偉くなりたいんだなも。そのためにも、あの奉公先に出向くまでに身につけたいことは多いだなも」


 トオルもニッと笑った。笑っても顔が怖いのは生まれつきである。


「だったら、今から行くか? 案内所に」

「もちろんだなも!」

「船出は明日だが、支払いは早いほうがいい。前金は払ってあるけどよ」

「残りも払いに行こうだなも。それに、もしかしたら空きがあるかもしれないだなもよ?」

「そんなうまい話があるかよ」


 笑って、片付けを済ませる。


「なんでもこの目で確かめないとわからないだなも」

「それもそうか。決まりだな、行くぞ」


 二人は案内所へと向かった。




 案内所では、少女が案内係の五十がらみの男性と話していた。

 男性は(やす)()(はや)(かわ)と名札をつけている。キミヨシは前金を払うときに彼とは知り合っている。

 一方少女のほうは、綺麗な黒髪を背中まで伸ばした着物姿である。年の頃はまだ十一、二歳といったところ。

 ハヤカワは少女に困った顔で対応している。


「そうは言ってもねえ……」


 キミヨシはずかずかと進み出て、無遠慮に尋ねた。


「ハヤカワさん、どうしただなも?」

「ああ、お客さん!」


 ハヤカワもキミヨシを覚えていた。


「明日乗られる……」

「その件だなも。予約の前金だけ払っていましたが、残りを持ってきましただなも」


 前金を払い、残りは今日持ってくる約束になっていた。今日のうちにめどがつく計算だったからである。相方のトオルのほうはちゃんと払っていたからこそ、そんな約束も成立したのである。そして、船は明日の便になっている。


「ありがとうございます。はい、ええと、確かにいただきました」

「それで、その子はどうしただなも?」


 関係ないのに質問をするキミヨシを、トオルはひじでこづく。


「おい、オマエが首を突っ込む問題じゃねえだろうが」

「でも……」


 と言って、キミヨシはハヤカワへ顔を向ける。


「ええ。あの……実は、こちらの方が明日の便に乗せてほしいと言うのですが、あいにく埋まってしまったばかりでして。ちょうどさっきいらっしゃった男女の二人組のお客様がご予約を」

「それは難しい問題だなもね……」

「オレたちには関係ねえじゃねえか」


 少女本人の前で言うのも悪いが、トオルにとってみれば来るのが遅かったと諦めてもらうしかない問題だと思う。


「明後日は空いてるだなも?」

「ええ」


 少女は寂しげに微笑む。


「いいんです。わたくし、ちょっと焦っていました。明後日には出られるのでしたら……」


 そのとき、言葉を遮る声が慌ただしく入口から入ってきた。


「すみません。医務室を貸してくださーい」

「どうされましたか」


 ハヤカワが尋ねると、やってきた三十代くらいの男性が答える。


「なにかに当たったようです。食中毒だと思うんですが、これから出発する船から降りられたお客様が一名いらして……」


 と、ハヤカワと船員らしきその男性が話し始めた。


「そうか。じゃあ、キャンセルのあった二名分と合わせて、今から出発の便は三名分も空席ができてしまったのか……」


 残念そうにハヤカワは腕組みした。

 アキとエミがキャンセルした分と合わせて、三枠ができたわけである。ちなみに、アキとエミが明日の便に移ったため、明日の分は埋まってしまったという事情があったのだった。

 当然のように顔を突き合わせて会話を聞いていたキミヨシが、大げさにぽんと手を打った。


「ひらめいただなも!」

「はい?」

「え?」


 少女とハヤカワがキミヨシを見る。

 キミヨシは少女に聞いた。


「なるべく早い便に乗りたいだなも?」


 こくっと少女はうなずく。


「じゃあ! 空いた三名の代わりに、我が輩たちが乗るのはどうだなも? 聞けば他に二名分も空席があるという! 人数も変わらないし、問題はないと思うだなも」

「それはまあ、可能ですが」


 船員の男性が答えるや、キミヨシはトオルと少女の肩を叩いた。


「決まりだなもね! やあやあやあ、よかったよかった! トオル、我が輩たちも早く船に乗れてラッキーだっただなも」

「まあ、それはそうだな」


 キミヨシのペースに巻き込まれるのには慣れているトオルが、半分呆れたようにうなずく。


 ――スゲェな。コイツが冗談で言ってた通りになっちまいやがった。まさか本当に空きができるなんてよ。なんて強運だ。


 一応確認としてキミヨシは少女に聞いた。


「で、いいだなもか?」

「も、もちろん! 願ってもないことですわ」

「それは結構! 万事解決、めでたしめでたしだなも。ところで、キミの名前はなんというだなも?」


 少女は、楚々とした動作で美しいお辞儀をした。


「わたくし、リラと申します。この度はありがとうございました」




 偶然の出会いによって、三人の歯車が噛み合う。

 このあとすぐ、リラとキミヨシとトオルを乗せた船は浦浜港を出航した。

 船は、鮮やかなオレンジ色に照り返す荒い海を、夕陽に向かって西へゆく。次の物語の地を目指して、ゆっくりと。

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