34 『山紫水明な街』
シャルーヌ王国。
『アイスループの都』レノーブル。
イストリア王国とシャルーヌ王国の国境となる峠越えをしてやってきたのは、アイスループの峰々に囲まれた都だった。
ここは、イストリア王国にも近く、峠越えをする人々が集まる交通の要地となっている。
そして、四方を自然が彩る絶景は、歴史的な街並みと美しく調和していた。
サツキたちが峠越えをしたのは、わずか二日でのことだった。
標高三千メートル以上の峠を、さらにその上空を透明の橋でも渡るように馬車は駆けた。
道なき道はレスコの魔法《秘密ノ小道》でショートカットされたこともあって、思っていた以上の速度で到着できたのだ。
クコは美しい山々を背にした街並みを見て、うっとりした。
「綺麗な街ですね、レノーブル」
まだ朝だから空気まで澄んでいる。
「青い山々が絵画みたいだ」
「いなせだねえ」
サツキとミナトも見入ってしまうほどで、リラは嬉々として言った。
「リラ、ここを絵に描いておきたいです。よろしいでしょうか」
「うむ」
「ありがとうございます」
さっそくリラがスケッチブックとクレヨンを取り出して絵を描き始める。
「今日はクレヨンか」
「はい。なんだか、あの山を描くにはこのクレヨンの発色を使いたくなったんです」
チナミはまじまじとリラの手の動きを見て、
「いろんな道具を使って、よく描けるね」
「昨日は、色えんぴつ、だったもんね」
ナズナが思い出したのは、馬車の中からリラが描いていた絵だった。それは色えんぴつが使われていて、別の日には絵の具を使うこともあるし、えんぴつだけのデッサンも日もある。
「リルラリラ~」
ごきげんなときにリラが口ずさむ歌だ。クレヨンをスケッチブックの上で滑らせる。
空の色を塗ると、乗せた色を指先で伸ばしてゆく。
「リルラリラ~」
いくつかの色を乗せては混ぜて、指をベタベタにしながら楽しそうに描いていた。
しかしその指でほっぺたをかくと、ほっぺたに色がついてしまった。
クコがハンカチを取り出してリラのほっぺたと指を拭いてあげる。
「あらあら、こんなに汚して」
「ありがとうございます。お姉様」
それを見てサツキは、
――いつもと役回りが逆だな。
と思って小さく笑う。
ヒナもついつっこんでしまう。
「さっそく本気出しすぎよ、リラ」
「せっかく描くなら思いっきり描きたかったんです」
えへへ、とリラがはにかむ。
「描くのはいいけどさ」
と言って、ヒナはサツキに向き直る。
「今日はこの街に泊まるっていうなら、宿を取らないとじゃない?」
これには、ルチーノが首肯した。
「そうですね。アルブレア王国もこの街はマークしているはずですし、滞在は短いほうがいい。明日はお昼前に出発したいところです」
「はい。ルチーノさんの言うように、宿泊は今日だけにして、先を急ぎましょう。それで、みなさんは……」
サツキがバローロとレスコとルチーノを順繰りに見てゆく。
彼ら三人組がいつまでついてきてくれるのか。
峠越えが彼らの仕事と聞いていたから、ここまでの案内役なのか。
すると、バローロが弾かれたようにクコの前に躍り出た。
「おいらたちは、リパルテまでいっしょに行くデショ!」
「わぁ! ありがとうございます!」
クコは素直に喜んでいた。
だが、ヒナは別にどちらでもよかった。
「レノーブルからは列車に乗れるし、大丈夫じゃない? リヴィエーヌに寄らなければ、明日にはリパルテまで行けると思うしさ」
「ふふ。そうですね。けど、レオーネさんからもう少し護衛しておくよう頼まれたので。いっしょにいさせてください」
ルチーノがそう言うと、レスコも続けて、
「そういうこと。みんなパルクールはまだまだだし、あたいがもうちょっと教えてあげるよ」
「そうさせてもらおうか。おれたちはリヴィエーヌにも寄って、街を見て行くつもりだ。助かるぜ」
士衛組のご意見番である玄内が言うのなら、だれも反対する者はいなかった。
元々、だれも三人組がついてくることに反対もしていないが。
「よっしゃああ! オレ、またリヴィエーヌでいろいろ食べ歩きたかったんスよ! それに、レノーブルも『レノーブル風』って料理があって、オレこの前シャルーヌ王国を回ったときは食べられなかったんで、今回は絶対食うって決めてたんス!」
バンジョーが一番喜んでいた。
「いいですなあ。バンジョーの旦那、食べ歩きなら僕もお供しますぜ」
「甘い物もいきましょう」
ミナトとチナミも食べ歩き仲間だから乗り気だ。
サツキが言った。
「じゃあ、今日はみんなで食べましょう。そして、出発は明日。昼食後に」
「了解」
レスコがうなずき、クコも「わかりました」と笑顔で答えた。




