29 『二重な仕掛け』
リラが一手間も二手間も加えたことで、馬車はアルブレア王国騎士たちに見つかりにくくなった。
「サツキ様のアイディアを、リラは実現しただけだよ。ね、サツキ様」
うれしそうにリラがサツキを見上げる。
「俺もリラがいたから思いついただけだ」
実は、馬車は小さくなっただけではなく、もう一つの細工がされている。
五分前。
馬車を一度停車させ、サツキたちは馬車から降りた。
まず、レスコが魔法を使う。
「見てて。これがあたいの《秘密ノ小道》だよ!」
地面に両手を当てる。
これを、サツキは《緋色ノ魔眼》で見た。
手を当てた地面を起点に、魔力が道のように伸びてゆく。
その距離はざっと五十メートルほど。
あとは、進みながら道を伸ばしてゆくのだろう。
他のみんなは魔力を視認できないから、透明の道を見ることはできない。
やり切った顔で地面から手を離して立ち上がったレスコに、バローロがニヤニヤしながらつっこんだ。
「透明の道なんだから見えないデショ! あはは」
「うっ、確かに……てか笑うことないでしょ」
「デショ?」
「今はじゃれてる時間はないよ、二人共」
ルチーノに注意され、レスコが「じゃれてない」と言い返す。
「では、リラさん。馬車を小さくしてもらえますか?」
「はい。みなさんは一度、中に入ってください。そうすれば、いっしょに小さくできますので」
全員が馬車に乗り込むと。
リラは《打出ノ小槌》を馬車に向かって振った。
「《打出ノ小槌》さん、お願いします。ちいさくなーれ、ちいさくなーれっ」
馬車はみるみる小さくなる。
そのサイズは、元の三分の一くらいだろうか。
「うむ。ありがとう、リラ。あんまり小さくしすぎるとスピードが落ちるし、ちょうどいいよ」
サツキがそう言いながら出てきて、クコも馬車から降りるとリラから小槌を受け取った。
「今度はわたしがリラを小さくしますね」
「お願いします、お姉様」
「はい! 任されました! 《打出ノ小槌》さん、お願いします。ちいさくなーれ、ちいさくなーれっ」
クコが元気に小槌を振る。
小槌は元があまり大きくないから、三分の一サイズになったクコでも簡単に振ることができる。
たちまち、リラも小さくなった。
「ありがとうございます。お姉様」
「はい」
リラは小槌を受け取ると、それを本の中にしまった。
この本は《取り出す絵本》といって、物を出し入れすることができる魔法道具だ。その際、収納されれば重さはなくなる。
サツキがリラに聞いた。
「一つ、頼まれてくれるか?」
「なんですか?」
「馬車を覆う布を描いてほしいんだ。《真実ノ絵》で」
「あっ! なるほど、空色の布ですね!」
察しの良いリラはサツキの考えにすぐ気づいた。
いつも二人でマンガを描いていて、サツキが描いた原作を絵にしているからこその意思疎通なのかもしれない。
リラの《真実ノ絵》は、描いた物を実物として具現化できる。しかも本人がその構造や理屈がわかっていれば機能を備えることも可能なのだ。たとえば自転車を描いたとして、その仕組みを知っているなら実際に乗ることもできるというわけだ。
これによって、リラは空色の布を描けばよい。
クコは「ん?」と首をひねるが、やがて理解した。
「そういうことですか」
「空に溶け込む。いい手です」
チナミがそう言うと、ナズナも「あ、そっか」と意図がわかる。
「いいじゃない。空と同じ色にすればより見つかりにくくなるし、距離感もつかみにくくなるわ。うん、あいつらとの距離はまだある。けど、急いでリラ」
ヒナに促され、リラは描き始めた。
色をイメージして布だけを描くということで、窓の部分をちゃんと切り取った形のカバーにしても、あっという間に描き上げてしまった。
「早いな」
「いつものサツキ様の要求に比べれば、簡単なものです」
得意そうに微笑を浮かべるリラに、いつもお城を描いてくれとか難しい要求をするサツキは苦笑を返す。
「いつも助かってるよ」
「いいえ。なんでも言ってください。さあ、これをかぶせて、馬車に乗りましょう」
空色のカバーをかぶせて、サツキたちは馬車に乗り込んだ。




