25 『不思議な原理』
「水が記録した情報、ですか」
まだクコにはピンと来ていない。
しかしヒナはなんとなく腑に落ちる部分がある。
自らを『科学の申し子』と称すだけあって、論理的にそれがあり得ると思えるのだ。
「そういう仕掛けね。うん、言いたいことはわかったわ」
「うむ。ただ、その水の取り入れ方というか、水の状態というか、そういった仕組みも知りたいな」
サツキの言葉にヒナも「うん」とうなずく。
チナミが無言で二人の顔を見て、それからルチーノに向き直る。
「どこにある水の記憶を、どうやって読み取るのでしょう」
「大事なのはそこですよね。水にはあらゆる記録が書き込まれています。しかも、水は状態変化をしやすい」
「ええ。水蒸気、液体、氷。どれも水ですね」
と、ヒナが言った。
「その中でも、バローロは人の記憶を読み取ります。つまり、状態変化としては液体の水です。そしてそれは人体が直接保有している水分であり、見ただけで……いや、感覚的に読み取れるんです」
「感覚的?」
ヒナが首をひねる。
「バローロって、実は五感とか感覚がとても優れているんですよ」
「そうなんですか」
感心してくれるクコに、バローロは照れたように頭をかいて、
「いやあ、そうみたいなんデショ!」
「すぐ調子に乗る」
と、レスコがジト目になる。
思い出したように、ヒナはバローロを見た。
「確かに、やたら耳もよかったわね」
「デショ!」
まただれにも聞こえないくらいの声でつぶやいたのに、バローロはヒナの言葉に反応した。
――ほんとーうに、耳がいいわね。
うっかり漏らした言葉も聞き逃さないほど、バローロは聴覚も優れている。
そのレベルで視覚や嗅覚、触覚に味覚なども鋭いとすれば、感覚だけで目には見えないなにかを読み取れても不思議じゃないような気さえしてくる。
「じゃあ、他者の肉体が保有する水分から記録としての地図を読み取って念写するってこと?」
「端的に言えば。しかし、そこには発動条件もあります」
どうやらそれが肝らしい。
今度はサツキがまとめる。
「会った人からデータとしての地図は脳内にスキャンできても、それを実物の地図として具現化するには使用条件がある、と」
「はい。ヒナさんもサツキさんも論理的な思考を素早く展開してくれて助かります」
ルチーノは微笑を浮かべ、手帳を取り出してなにやら書いてゆく。
「バローロの魔法は、こう書きます」
《誰かの道しるべ》と記されている。
「誰かの道しるべ? 誰かっていうと、それが条件ってことよね」
「たぶん、そうですね。誰かのため……たとえば、誰かが目的地を思い描いたらそこまでの道筋が地図になるとか。でしょうか」
ヒナとチナミが話していると、ルチーノは軽くうなずいた。
「ふふ。チナミさんも察しがいい」
「では……」
「そう。バローロは他者が目的地を尋ねると、そこまでの道筋を地図にして描くことができます。ただし、これまで出会った人たちからスキャンしたデータの中から、本人も無意識下で地図は描かれてゆく。もし情報が足りなければ描けない。そういう意味では、その土地土地に行けば、周囲の地理を知っている人がいることが多いため、データ収集には最適な行動になるわけですが。今回も、それによって周囲の街を訪れたのち、ぼくがレノーブルまでのルートをバローロに要求したことで、こうして地図は完成しているというわけです」
クコとリラとナズナとミナトには、そのへんの水が記憶を持っているという話あたりから空想的な論理になり始めたように感じられて、サツキたちほど理詰めの理解にはならなかったが、それでもおもしろい原理によって成り立つ魔法としてなんとなくわかった。
特にクコとリラとナズナは「おぉ」とか「へえ」とか「ん~」とか、なんとも言えないリアクションをしている。
そのとき、外からの声にヒナとバローロが言った。
「この馬車、追われてるわ。声がする」
「さっきの騎士デショ!」




