10 『慎重な偵察』
チナミは道を観察する。
――道は……案外広い。舗装もされてる。大丈夫そう。
今までの道は馬車二台がすれ違っても全然余裕な広さがあった。三台でもいけるだろう。四台だと馬車の大きさにもよっては通れないかもしれない、という道幅だった。
だが、左手の道はやや大きめの馬車二台がすれ違うのがギリギリだ。
士衛組の馬車は乗っている人数こそ多くて空間も広いが、玄内が魔法で拡張してくれたものだから、重さも外観の広さもあまり大きな馬車ではない。
つまり他の馬車とすれ違うくらいなんの問題もないのだ。
ヒナが追いついたところで、チナミは聞いた。
「大丈夫ですか?」
「はあ、はあ……うん。ありがとう、チナミちゃん。ちょっと疲れたけど平気」
チナミはジト目になってヒナを見る。
「違います。ヒナさんの心配ではありません」
「へ?」
「その大きな耳はなんのためについているんですか?」
ヒナはうさぎ耳のカチューシャを右手で触る。
「えっと、音を聞くため?」
こくり。
チナミはうなずいて、
「道の先に敵がいないか、怪しい音はないのか。索敵や探索をしてもらうためについてきてもらったんです」
「だ、だよねー」
ピコンとうさぎ耳を立てて、ヒナは目を閉じた。
うさぎ耳のカチューシャを媒介として使える魔法、《兎ノ耳》は通常の百倍も小さな音を拾うことができる。遠くの音だって聞こえるし、人間には聞こえない周波数も聞き取れる。さらに、音になる前の音を聞き分けることだってできる。
「人は……少し先に、ひとり」
「……」
「ちょっと乱れた息づかい。でも、息を潜めて隠れているのとも違った浅い呼吸……いびきじゃないけど、そういうなんか普通に起きてるのとは違った感じ。他に、怪しい音はない。かな」
ヒナが目を開けると、チナミが問うた。
「昼寝をしている人がいるものでしょうか」
「わかんないよ? 一人旅をしてる途中で、眠くなっちゃったとか」
「確かに、馬車だけじゃなく歩き旅をする人もいるでしょう。でも、こんな時間に昼寝なんて」
歩き旅で次の村に行くには、あと半日はかかるだろう。
休憩してもおかしくはない。
だが、なにか引っかかる。
――引っかかる。なにが……?
ヒナの報告を思い出してみる。
――……そうか、浅い呼吸。それが気になるんだ。息を潜めて緊張しているなら、呼吸は浅くなる。でもそんな感じじゃない。寝ているわけでもない。じゃあ、なんで? それがわからないから、引っかかる。
ただ、それ以上はなにもわからない。
「考えても仕方ないですね。行きましょう」
「うん」
二人は道の先を進んだ。
おそらく、とチナミは言った。
「私たちが調べて戻ってくるまで、合流点で馬車を停めて待っているはずです」
「ま、そのための偵察だもんね」
「あまり待たせたくはありませんし、その昼寝してる人を見つけたら、戻って報告しましょう」
「オッケー」
「もちろん、そこから聞こえる音を聞いて、道の先に問題がないかをチェックするのも忘れてはいけません」
「わかってるって」
二人は走る。
チナミは忍者のような走り方で、静かに、しかし軽やかに高速で駆ける。一方ヒナは、《跳ね月》という魔法を使って、大きく飛び跳ねて移動していた。
《跳ね月》は全身をバネのように使うことができる。元々はソクラナ共和国でチナミが戦った盗賊が有していた魔法で、それを玄内が没収、編集してヒナに与えたものだ。
ウサギが飛び跳ねるようにヒナはジャンプを繰り返すことで、チナミのスピードに少し遅れながらもつけていけていた。
この魔法がなかったら何キロも走って偵察など簡単にはできなかっただろう。
再び、チナミが足を止めた。
手のひらをヒナに向けて、止まるよう合図をする。
数メートル後ろでヒナは着地し、しゃがんだまま待機した。
「あの人、なにかおかしいです」




