8 『小さな代役』
フウサイの代わりの偵察役。
それは簡単な仕事じゃない。
しかし、忍びの術や身のこなしなどをフウサイから学んでいるチナミであれば、偵察もこなせるだろう。弱冠十二歳ながら、チナミは充分な学びを得ている。
「わかった。でも、一人で平気か?」
「ヒナさんを連れて行くので大丈夫です」
取ったかるたを手にほのぼのしていたヒナが、ちょっと遅れて自分の名前が出たことに驚いた。
「え? ちょ、ちょっと! あたしも行くの?」
「わかった。頼んだ、二人共」
「はい」
「待ってよ、あたし行くなんて言ってないよー」
情けない声で泣き言を言うヒナに、チナミは淡々と言葉を返す。
「今日、みんなはそれぞれ働いてくれています。なにもしていないのは私とヒナさんだけです」
「……えっと、確かに?」
朝食の準備はバンジョーがしてくれて、その手伝いをリラとナズナがしてくれた。玄内の別荘でいつもしている洗濯は今日はクコがやってくれて、サツキとルカは玄内に呼ばれてなにかの作戦会議をしていたっぽいし、フウサイはずっと偵察をしてくれている。
「いやいやいや、ミナトもなんにもやってないじゃない!」
今ものんきに眠っている。
「……」
チナミは無言でミナトを見て、それから背を向けて言った。
「とにかく行きましょう」
馬車のドアを開けて、チナミは外に飛び出す。
ナズナが心配そうにヒナを見つめて、
「わ、わたしが、代わりに、行こうか? ヒナちゃん」
「ありがとうナズナちゃん、でも大丈夫」
答えてから、ヒナは慌てて外に飛び出した。
「待ってよ、チナミちゃーん!」
サツキは二人が出て行ったのを見送り、本を手に取った。
「チナミがついていれば、ヒナも大丈夫だろう」
「ヒナさんは耳が良いので、チナミさんも心強いはずです」
と、クコはヒナのことも信頼していた。
すると、昼寝をしていたミナトが寝っ転がったまま、
「本当に、フウサイさんには頭が上がらないなあ。寝ているだけの自分が恥ずかしい」
「だったら、せめて身体を起こしたらどうだ?」
ミナトはそれでも横になったまま笑った。
「いやあ。ほかにすることもないもんで」
「まあ、そうだな」
一応、車内に取り付けられた黒い扉を使えば、晴和王国にある玄内の別荘に行くことができる。そこでは修行をする場所もあり、移動中でもサツキとミナトはよく修行に励む。
しかし、常に修行をし続けるわけでもなく、こうして休憩もするのだ。
むしろミナトは朝早くから修行をしていたので、今は休息を取るほうが大事だといっていい。
「僕は馬車から降りれば剣を振るばかりだが、バンジョーの旦那は休むことなく料理を作り始める。あの二人は体力が底なしだよねえ」
「だな」
玄内は亀の身体になったせいというか、おかげというか、それによって睡眠を必要としなくなったらしい。そういう意味では、この三人は体力がなくなるということがない。
「サツキはさ、こういう暇なとき、向こうではなにをしていたんだい?」
「向こう?」
「元いた世界だよ」
パタンと本を閉じて、サツキは遠くを見るように顔を上げてしゃべり出す。
「そうだな。なにをしていただろうか。普段は、学校に通っていた。そこで朝から授業を受けて、給食をいただいて、また午後も授業を受けたら帰るのだ。給食のあとには休み時間があって、その後に掃除の時間もあった。授業と授業の合間にも小休憩があったな。そんな休憩時間は、本を読んだり友達と外で遊んだり、いろいろした。でも、案外はっきりとは思い出せないものだ」
案外、というのは言葉の綾だ。
実はもう、随分と元いた世界の記憶が薄らいでいる。少しずつ記憶に靄がかかる感じがあったのだが、それは日を追う毎に増しているのだ。今の段階で三割くらいのことは忘れてしまっているのではないだろうか。
でも、それはあえてだれにも言っていないことだった。




