幕間紀行 『ヴァレンタインマスク(7)』
夜になった。
亡霊が出る時間はいつも深夜だ。
深夜の零時から二時を過ぎるくらいまでだと言われている。
そこで、ジョットとヴァレンタインは零時に合わせて、ヴェリアーノの中心のほうへとやってきた。
『毎日のように現れるのですか?』
『一応、そう聞いてる。おれも見たことはないから、すべて噂だけどな』
『でしたら、待ちましょう』
『ああ』
待ちながら、ヴァレンタインはチョコレートを食べた。
『ヴァレンタインさんはチョコレートが好きなのか?』
『好きというより、チョコレートには浄化作用がありますからね』
『へえ』
そういえば、夜になるまでの間にも何度かつまんでいたと思い出す。小腹が空いたというわけでもなかったらしい。
『エクソシストは他者の邪気を祓いますが、自分自身も邪気を受けるものです。チョコレートを食べるのは癖のようなものでしょうか』
しばらくして。
通りの向こうから声が聞こえた。
叫び声だった。
『きゃー! 出たー!』
ついに出た。
ジョットとヴァレンタインは顔を見合わせた。
『行ってみるか』
『はい』
二人が声のしたほうへと行ってみると、腰が抜けて座り込んでいる若い女の姿があった。
『おい、大丈夫か?』
ジョットが駆け寄ると、女は言った。
『出たの! 亡霊が!』
『本当か!?』
『ええ! あたしの目の前を通り過ぎて行ったわ!』
『やっぱりいるのか! 亡霊が!』
次に、ヴァレンタインが問いを向ける。
『お嬢さん、どのような亡霊でしたか?』
『えっと、女の子の亡霊? だったと思います。噂に聞いてるのといっしょで、小さな女の子……』
『なるほど。ありがとうございます』
ヴァレンタインは手を差し伸べて、
『立てますか?』
『は、はい。ありがとうございます』
若い女がヴァレンタインの手を取って立ち上がると。
二人は移動した。
まだ近くにいないだろうかと周りを見回しながら、ジョットは聞いた。
『なあ、ヴァレンタインさん。どこに向かってるんだい?』
『帰りに見かけることができたらいいのですが、ただあなたのお店に戻っているのです』
『戻ってる?』
『今日も出たことがわかったのです。あとは、先に戻って確認しなければなりませんので』
『確認って、なにを……』
ジョットは足を止める。
『い、いた!』
幸運なことに。
川の向こうに見える通りを、亡霊が駆け抜けるのが見えた。
暗くて少しわかりにくいし、小さな子供と言われている大きさなのもあって、確信を持って言えるわけじゃないが。
『おれも見たぞ、ヴァレンタイン』
『見ましたか』
『亡霊だ! 子供の亡霊だ! 確かにあれは、女の子の亡霊だったぜ!』
『では、戻りましょうか』
スタスタと歩いて行くヴァレンタイン。
その後を追いかけて、ジョットは問いただす。
『なんで見ただけで帰るんだ? 退治するんだろ? いや……おれとしては、なぜかはわからないが、退治とかしたくないっていうか、変な気持ちなんだが』
言いながらジョットは自分でも自分の気持ちがつかみきれずに、言葉がふわふわしているのがわかった。
ヴァレンタインは足を緩めることなく、ぽつりと言った。
『その理由は、戻ればわかるでしょう』




