幕間紀行 『ヴァレンタインマスク(6)』
ヴァレンタインは薄く微笑んだ。
『気を悪くしたら申し訳ないのですが。ジョットさん、あなたが怪しいわけでもあなたを疑っているわけでもないのです』
『じゃあ、なんだい?』
『あなたには一つ、仮面を創っていただきたい』
ジョットは目をしばたたかせた。
『おれが、あんたに?』
『小生……というより、亡霊に』
『はあ?』
と、ジョットはますますわからなくなり、首をひねった。
だが、依頼は依頼だ。
仮面を売る店をやっているのだから、依頼を受けたら創るだけだ。
『わかった。依頼じゃあ創らないわけにはいかないからな。創るよ。だが、どんな仮面をご所望だい?』
『それを確かめるべく、小生は調査がしたい』
『調査ねえ。この街をしらみつぶしに回って、聞き取り調査かい?』
すると。
不思議なことに。
ヴァレンタインは笑った。
ふふ、と上品に紳士的な笑いを浮かべた。
『有難いことに、その必要もなくなりました』
『へえ。じゃあ、もうわかったこともあるんだな。だったら逆に、なにを調査したいっていうんだ?』
調査がしたい、と言いながら聞き取り調査の必要もなくなったと言う。
おかしな話だ。
ジョットが聞くと、ヴァレンタインはこう聞き返した。
『時に、ジョットさん。あなたは亡霊がどこからやって来るのか。考えたことはありますか?』
『ん?』
またジョットは首をひねった。
そういえば、考えたことがなかったんだな。
『いや。思えば、考えもしなかった。言われてみれば、亡霊だってどこからかやって来てるわけだもんな』
『ええ。どこからかやって来ては、ヴェリアーノの街を駆け巡るそうですね』
『ああ。おれはこの通り、街の外れに店を構えてるから、亡霊なんて見たことないが、街の中心のほうは大騒ぎらしい。おれはてっきり、街の外からやって来てまた帰って行くもんだと思ってたぜ』
『ふふ』
ジョットは尋ねる。
『その様子だと、あんたにはもうわかったのか? 少女の亡霊がどこからやって来るのか』
『おそらく』
『そいつはすごいな! 今まで何人ものエクソシストが亡霊退治に来たが、だれもわからなかったんだ。それで、どこなんだい?』
『小生の目でそれを確かめるために、今夜、見てみたいと思っています。ごいっしょにどうですか?』
『せっかくだ。おれも見させてもらうよ』
『亡霊が出かけるところよりも、亡霊が帰ってくるところのほうがいいでしょう』
『ああ。おれはどっちでも構わない』
話は決まった。
ジョットは、自分ではこの件について、特に関心が強かったわけじゃない。
だが、気にはなっていた。
『しかし、ヴァレンタインさん』
『なんでしょう?』
『実を言うと、おれはそんなに亡霊退治をしたいって思ってないんだ。特に悪さはしてないだろ? 笑い声が聞こえたとか、駆け抜けて行ったとか。それだけじゃじゃないか』
『そうかもしれませんね。ですが、亡霊として現れたからには、現れた理由というものがある。小生は亡霊退治を頼まれたからどんな手を使っても退治しようとは思いません。ただ、確かめておきたいのです』
『現れた理由を、か』
ええ、とヴァレンタインはうなずいた。
『ジョットさん。夜まで、こちらで待たせていただいてもよろしいですか?』




