幕間紀行 『ヴァレンタインマスク(3)』
約百年前。
ここは今と変わらず、仮面を売ってる店だった。
おれのおじいさんは――そうだな、わかりやすいように、本名を言っておこうか。
板丹序斗。
ジョットだ。
今のおれよりもジョットが若い頃の話になる。
当時は今みたいに列車がイストリア王国を走っていなかった。
だから交通の便もあまりよくなかったんだ。
それでも『水の都』ヴェリアーノは海上交通が盛んだから、人の行き来もなかなかに多かった。
街の外れにあるこの店にも人はやってきた。
たまにな。
普段は今と変わらず、静かなものだったらしい。
そんなこの店に、あるとき人が訪れた。
ああ。
それがエクソシストだった。
ただ、このエクソシストはなんの理由もなくこんな場所に来たわけじゃなかった。
この時期、ヴェリアーノではおかしなことが起こっていたんだ。
おかしなことはおかしなことさ。
奇妙なこと。
不気味なこと。
そう言ったほうがそれらしい。
それというのも、街に、出たって噂が立った。
出た。
なにが出たって。
それを今から言うんじゃねえか。
出たのは、そう……怪異さ。
アキとエミは晴和人だからその呼び方がしっくりくるかもしれないな。
カイトとエヴリーヌは、そうだな、亡霊とか魔物って言ったほうがイメージに近いだろう。
実際、それとも少し違う。
しかしその当時、街では亡霊が出たと噂になってたんだ。
夜になると、亡霊が街を徘徊する。
見た人が言うには、亡霊はものすごいスピードで飛んで移動するらしい。
人の形をしているのはわかるが、どんな人間なのかはわからない。
年も不明。
性別も不明。
背格好も不明。
いつでも見られるわけじゃないが目撃者も少しずつ増えていく。
そうなると、その亡霊の輪郭がうっすらと浮かび上がってくる。
『地上一メートルくらいを風みたいに吹き抜けていったんだ』
『笑い声が聞こえたの。なんか、不気味で、怖くなっちゃった。人間の声じゃなかったわ』
『見たのは夜中の二時くらいかしら』
『オレは退治してやろうとしたんだぜ? 本当だ。でも、オレが剣を振ったら目にも止まらぬ速さで逃げてったんだよ』
『アタシも見たけど、あんまり大きくはなかったような気がする。ちょっと離れてたからかもだけど』
『髪がなびいてたから女だと思う』
そんな中、亡霊を捕まえようとした兄弟がいた。
亡霊を捕まえた者には、街が金を出すと言ったからだ。
そこで真っ先に名乗り出たのがその兄弟だったってわけさ。
ジョットの知り合いの兄弟で、二人は正体不明の亡霊を捕らえて金が欲しい一心だった。
『本気でやるのか?』
ジョットがそう聞くと、
『オレは走りならだれにも負けねえ。弟は剣ならだれにも負けねえ』
『うん、ボクたち二人なら大丈夫だよ』
『無理はするなよ』
と、ジョットは言うだけだった。
ある晩、兄弟は亡霊を待ち伏せした。
亡霊を見かけたという報告が複数あった箇所に張り込んだんだ。
『ここなら絶対亡霊が通る。おまえが剣を振れよ』
『わかった。兄ちゃんは?』
『馬鹿野郎。オレは、もし亡霊が剣をよけたら、すかさず捕まえるんだよ』
『さすが兄ちゃん』
『よし、待ちぶせするぞ』
待ちぶせること三十分。
すると。
やはり亡霊は出た。
しかし。
ものすごいスピードだ。
『あれか?』
『うん、なんか来る』
兄弟が待ち伏せする横を、まばたきを一つする間に通り過ぎてしまった。
呆気に取られてお互い顔を見合わせる兄弟。
だが一つ、わかったことがある。
兄は見たのさ。
亡霊は、幼い女の子だったんだ。




