幕間紀行 『マジックマレット(11)』
恵の雨という言葉もございますが。
特に夏というのは、雨がまったく降らないと大変困るものです。
実りの秋に向けて植物がぐんぐん育つ時期ですから、地面が干上がってしまうようになると問題だ。
ゼンゾウの畑も、徐々に芽が出て育ってきた頃だというのに、雨が降らないからどんどん弱っていっている。
『どうしたんだ? 元気がないのか?』
しょげたようにうつむく豆に、ゼンゾウは声をかけます。
これに答えたのは母親です。
『雨が降らないから弱ってるんだよ』
『雨? じゃあ、枯れちゃうのか?』
『このまま、なにもしなければね』
『それはダメだ。せっかくここまで育ったのに、かわいそうだよ』
『じゃあ、水をやらないといけないねえ』
『水は、川から汲んでもってくればいいのか』
うん、という母の返事を聞く前に、ゼンゾウは動き出していました。
ゼンゾウはろくに働いてこなかった。
それが、畑も耕すようになって、家の手伝いもして、今ではなんだかんだ畑仕事をしている。
ただ。
川から水を汲んで運んできて、畑にまくなんて重労働はこれまで以上に体力を使うだった。
それでも、ゼンゾウは畑のために水を運びます。
『おっとっと。うああ』
今まで持ったこともないような重たい水にバランスを崩し、転んでしまう。
転べば水はこぼれて、乾いた地面が吸い込んでしまう。
働き方もわからなかった、体力もない、足腰も弱い、不器用なゼンゾウでしたから、何度も何度もつまずいては水をぶちまけ、水を汲み直し、畑に運んでいきました。
毎日毎日働いて。
一日が終われば泥のように眠る。
そんな時期をなんとか乗り越えまして。
やっと、雨も降り始めます。
秋になる。
季節がまた変わり、ゼンゾウはさらに遠くの町にも出かけて行きました。
残る豆を買うためでございます。
あと九種類。
大きな町だし、季節も変わったし、どこかに売ってるんじゃないかな。
ゼンゾウはそう期待して店を巡りますが。
買えたのは、六種類でした。
『今、三十九種類だから、七を足すと……やっぱり三種類足りない。おじさん、他の豆はいつ買えるんだい?』
店で尋ねてみますが、
『もうそれ以上の種類はないよ』
と返される。
大きな町でもあと三種類が足りずに、ゼンゾウは村に帰っていきました。
家でも母に話します。
父は黙って聞いています。
『そんなわけで、やっぱり三種類足りないんだよ。どうしたらいいかな?』
『うーん……どうしたらいいんだろうねえ』
母親はゼンゾウに言いました。
『でも、なんで四十八種類の豆を植える気になったの?』
『言ってなかったっけ』
『前に聞いたら、そうしないといけないからさとか言って、理由をちゃんと教えてくれなかっただろう?』
『そうだったっけか。おれは、大黒様に聞いたんだ』
『大黒様?』
つい母親の声は大きくなります。
そして神棚にある木彫りの大黒様を見上げます。
そういえば、あの木彫りの大黒様、ホコリ一つなくてきれい。あんなにきれいだったかな、と母親も思います。
実は、ゼンゾウが毎日毎日きれいに磨いていたからでした。
両親が外に出ている間、ゼンゾウはこっそり大黒様をきれいにしていたんですね。
『夢枕に立ってさ、こう言ったんだ。四十八種類の豆を植えたら、四十八種類をきっちり一粒ずつ収穫して、十二月九日に供えよ。そうしたら、この小槌を振ってやろう、って』
そんなことがあるのかと、父と母は顔を見合わせます。
『だからおれは四十八種類の豆を集めないといけないんだ。そうすれば、それなりの金持ちになって、気立てのいい嫁がもらえる』




