幕間紀行 『マジックマレット(9)』
ゼンゾウはまた目を覚まします。
『大黒様?』
まばたきして周りを見回して理解します。
『あ、また夢枕に立ってくれたんだ。えーっと、なんて言ってたかな? 確か……そうだ、豆だ。四十八種類の豆を植えて育てて、一粒ずつ収穫して、それを十二月九日に大黒様に供えるんだったな。そうすれば、打ち出の小槌を振って願いを叶えてくれるんだ』
それが約束でした。
夢の中のことでもゼンゾウはしっかり覚えていた。
そこで、ゼンゾウ。
翌朝、早くから起き出します。
『ゼンゾウ、どうしたんだい?』
いつも遅くまで眠りこけているなまけ者のゼンゾウのことですから、母親も驚いてしまうわけです。
『なあ、母ちゃん。うちに豆っていくつある?』
『いくつって、そんなの数えてないもん、わからないよ。たくさんあって数える気にもならないわ』
『そうじゃないよ。何種類あるのかってこと』
『種類? ああ、そうだね、五種類くらいはあるんじゃないかな』
ゼンゾウはびっくりします。
『ええええ! 五種類だけ!?』
『それがどうしたの?』
『豆を植えて育てるんだよ』
『へえ。あのゼンゾウがねえ』
母親は、ようやくあのゼンゾウが働く気になったのか、と感心してしまいました。
せっかくやる気を出したゼンゾウのために、母親は豆を取ってきて渡します。
『はい、これ』
『ありがとう。他の種類の豆はどうやって手に入るかな?』
『そうだねえ。一粒くらいなら分けてくれる人もいるかもしれないけど、買うのが手っ取り早いね』
『じゃあ、金をくれ』
『なに言ってんだ、この子は。働いたらあげるよ』
『畑仕事なんか手伝いたくないんだよ』
『え?』
母親は鳩が豆鉄砲を食ったように、目を丸くする。
『ようやく働く気になったから豆でも植えて育てようって思ったんじゃないのかい?』
『違うよ、四十八種類の豆を植えて育てないといけないんだ』
どうやら豆を植えて育てる気はあるらしい。
しかし。
働くつもりで言ってるんじゃァなさそうだ。
『どうしてそんなこと始めようと思ったの?』
『そうしないといけないからさ』
イマイチわからない。
要領は得ないが。
しょうがないから、母親は言いました。
『なんだかよくわからないけど、夕飯のお米でも炊いてくれたらちょっとお小遣いをあげるから』
『おお、ありがとう! 母ちゃん』
『四十八種類の豆って言えばまだお小遣いは足りないだろうし、お風呂洗いもしたらまたちょっとあげるから』
『それならおれでもやれる』
まあ、働く気になったわけじゃなくても家の手伝いをしてくれるならいい。
母親もそう思ったんでしょうね。
他にも食べた食器を洗ってもらったりして、ちょっとずつお小遣いをあげてやることにしました。
ゼンゾウは、その日から豆を植え始めます。
ただ、なんにも知らないゼンゾウです。
家の畑仕事を手伝ったこともない、無知のゼンゾウ。
豆が芽を出すのを見守ります。
『豆植えたの?』
様子を見に来た母親に、ゼンゾウは言います。
『まだ芽が出ないや』
『そりゃあ、すぐには出ないよ』
『そうなのか』
『当たり前じゃない。何日で出るかもわからないし、豆を四十八種類も植えるんでしょ?』
『うん、そうだけど』
『じゃあ、そのあたりも耕して豆を植えられるようにしておかないとね』
『耕す? 父ちゃんや母ちゃんがやってたみたいにか』
植えるためには、畑を整えてやる必要があることに気づきます。
どうするのかと母親が見ていれば、なんとなく親のやり方を見てわかっていたのでしょう、ゼンゾウはせっせと畑を耕しております。
『これでいいのか?』
『そうそう』
ちょっとしたポイントも教えてやったりもして、母親はゼンゾウがまじめに畑を耕す姿を不思議に思いました。
『いつまで続くかわからないけど、おかしなこともあるもんだねえ』




