幕間紀行 『マジックマレット(8)』
ゼンゾウ、大黒様以外目に入りません。
ただ、大黒様は目立つところにありまして。
参道をまっすぐ進むだけで、
見つけた。
『大黒様だ!』
近寄って、まじまじと見ます。
大黒様の石像はゼンゾウと同じくらいの背丈です。
なんだか顔も優しくて、とびきり人相が良い。
柄にもなく大黒様の石像を見ただけでウキウキしてきました。
ろくに働きもしないでごろごろしてばかりのゼンゾウが、三日もかけて会いに行ったわけですから、会えた喜びもひとしおでしょう。
『いやあ、なんていい顔してるんだろうな。この大黒様は』
ニコニコしながら大黒様を見て、ゼンゾウは思います。
『まさか三日もかかるとは思わなかったが、来てよかった。こんないい顔の大黒様が見られるんだもんな。しかし、うちの大黒様はここまで笑顔だったかな?』
思い出しますが、自分の家にいた大黒様はここまでの笑顔じゃなかったような気がしてきます。
『うーん、これも夢枕で言ってた大事に扱うってやつか。家に帰ったらまた磨いてやろう』
なんて言って、ゼンゾウはさっそく大黒様にお願いしました。
心の中で祈ります。
それなりの金持ちにしてください。
気立てのいい嫁をください。
それで満足したゼンゾウは、また三日をかけて家に帰ります。
『これでおれの願いが叶うぞ。楽しみだな』
しかしゼンゾウもなかなか大した物で。
働くのは嫌だが、三日もかけてお参りに行く気力はあった。
そのへんが人間の不思議で、お金持ちになるためには絶対に働かないといけないこともありません。
わたくしもこうして話していることは、芸をしているという気持ちはあれど、働いている、という感じはなぜだかあまりしない。
好きなことを仕事にしている場合はそんなこともあるかもしれません。
ゼンゾウも大黒様に三日もかけて会いに行くことは、働く苦労とは比べるべくもないものだったようです。
家に帰ってきてからも、ごろごろするより先に、木彫りの大黒様をきれいに拭いてやりました。
そしてその晩。
また大黒様が夢枕に立った。
『ゼンゾウ』
呼ばれてもゼンゾウは起きません。
『ゼンゾウや』
『くぅ……』
『こら、ゼンゾウ!』
『おあっ!』
ようやく、ゼンゾウは布団から飛び起きます。
慌てて正座して大黒様を見上げました。
『大黒様! また現れてくださいましたか!』
『このたびは遠くまでお参りご苦労だった。ありがとう』
『いえいえ』
『心構えも少しは違ってきたようだの』
『はい。たぶん、大黒様が言うならそうでしょう』
『さて。では、本題だ』
『本題ですか』
首をひねるゼンゾウ。
『馬鹿者。わしに頼みがあるから会いたいのだろう?』
『はい』
『おまえの願いを叶える方法を伝えようと思う』
『おお! ついに! ありがとうございます!』
大黒様は言います。
『ゼンゾウ、おまえもわしの打ち出の小槌があらゆるものを出す魔法の小槌であることは知っているな?』
『はい、もちろんですとも』
うん、と大黒様は大きくうなずきました。
『それでは、ゼンゾウ。四十八種類の豆を植えよ』
『はい?』
まったく思いがけない言葉に、ゼンゾウは目をしばたたかせました。
『四十八種類の豆を植えたら、四十八種類をきっちり一粒ずつ収穫して、十二月九日に供えよ。そうしたら、この小槌を振ってやろう』
『十二月九日に、四十八種類の豆を一粒ずつ大黒様に供えると、小槌を振って願いを叶えてくれるんですね』
大黒様は笑顔でうなずいた。




