幕間紀行 『ネイチャースピリット(3)』
翌日から。
ムネアキは毎日、周りの人も呆れるくらいにせっせと川をきれいにしていきました。
少しずつ、日増しに、川がきれいになっていくものですから、ムネアキはとても充実していました。
しかし、中には冷やかす者もいます。
「おう、ムネアキ。釣りは順調か?」
渡し船の船頭です。
「いやあ、魚なんかなかなか見つからなくてさ」
「そうだったな。悪い悪い。ゴミ釣りは順調か?」
「え」
「魚釣りからゴミ釣りにくら替えしたんだもんな、おまえ」
そう言って、船頭は笑いながら去っていきました。
ムネアキはぼんやりと船頭の後ろ姿を見つめます。
それからつぶやきました。
「なんとでも言えばいいさ。川をきれいにするのは、気持ちの良いことなんだ。川がきれいになれば、魚だってやってくる。目を閉じれば、おれのまぶたの裏にはまた魚が川を跳ねる姿が思い浮かぶんだ」
ゴミ拾いを再開して、船を移動させるムネアキ。
この日も魚は釣れませんでした。
そこからひと月が過ぎた頃。
ムネアキはいつものように川を下っていきました。
「海に近い場所のほうが、外国のゴミも多い分、川が汚れてるからな。むしろ、上流は結構きれいになってきた。あとは、下流だ」
下流にやってくると、やはりゴミはたくさんありました。
ゴミを拾います。
「ああ、やっぱり外国のゴミだ。でも、こっちは晴和王国のゴミだ」
拾っては船を移動し、また拾っては船を移動させます。
「それにしても、なぜかヨシの葉がいつもゴミを引っかけてくれて、取りやすくしてくれてるんだよな。助かるよ。ありがとう」
ヨシの葉にお礼を言って、ムネアキはゴミを拾いました。
なんだか本当にヨシの葉が川をきれいにする仲間になってくれているような気がしてきました。
そして。
夕陽が赤く染まってきました。
この日のゴミ拾いも終えて、ムネアキは帰る支度をしました。
「ちょっと遅くなっちまったな。暗くなる前に帰ろう」
上流に向かって船を漕ぎ出します。
「でも、随分ときれいになったぞ。それもこれも、ヨシの葉のおかげだな」
今日もよくやったと自分を褒めたくなる、ご機嫌なムネアキでしたが、いつもの渡し船がある場所まで戻ってきたところで、おじいさんが佇んでいました。
もう、とっぷりと日が暮れてきています。
だから、船頭がやってきて、
「じいさん、乗るかい?」
「お金がないが、それでもよければ、どうか……」
「ダメだよ、じいさん。日も暮れて、こっちは余計に金をもらっても行くか迷うくらいなんだぜ? 悪いけど乗せられねえな」
おじいさんはうつむいたまま、川に視線を投じています。
船頭も「今日の仕事は仕舞いだ、帰るか」とひとりごち、帰ってしまいました。
ムネアキはそのおじいさんの寂しげな姿がいたたまれなくなって、声をかけました。
「あの。おじいさん」
「ん?」
船を近づけ、おじいさんの前で止めます。
「こんな小さな船でよければ、乗りますか? ゴミなんかも積んでて居心地は悪いかもしれないんで、お代も要りませんので」
「いいんですか?」
「どうぞ。向こう岸までですか?」
「ええ。そうですが」
「さあ。乗ってください」
ムネアキはおじいさんを船に乗せてやりました。
「じゃあ、行きますよ」
船はゆっくりと動き出しました。




