幕間紀行 『ワームアップ(7)』
「そういえば、なに?」
エミが小首をかしげて聞いた。
ラファエルは答える。
「塩は身体を温める効果があるけれど、晴和王国の味噌は血圧を調整してくれたり、いろんな栄養素があってものすごく身体に良いんだってね」
「アタシたちよく味噌汁飲むけど、やっぱり健康にいいんだね」
「調子いいもんね」
と、アキもエミに同意した。
リディオも記憶をたぐって、
「確かに、腸内も整えてくれるって話だったな。昔、晴和王国以外の国は発酵食品をほとんど作ってこなかったけど、晴和王国だけは味噌とか納豆とかを作ってたって話もあった気がする」
ラファエルがうなずく。
「そうだね。晴和王国以外の国では、特に、ルーン地方の医学なんかだと菌は悪い物って考えられてきた。それなのに、晴和王国はどうしてだか菌とうまく共存して発酵食品を食べてきたんだ」
「へえ」
「それこそ、麹菌ってあるでしょ? 味噌とか醤油とか、晴和王国の清酒なんかがそうだね。これは晴和王国以外の国では強い毒性を持ったカビなのに、晴和王国だけでは毒性がなく健康効果がある」
「つまり、晴和人は古代から菌を知っていて、長い時間をかけて毒性がないものへと育てていったってことだな」
とリディオがまとめる。
これにはトメタロウのほうが驚いた。
「キミたちはいろんなことをよく知ってるね」
「あはは。おれたちは勉強家なんだぞ」
自分たちが『ASTRA』のメンバーだということは言えないので、リディオはそんな言い方をした。
「ついでに言うと、晴和王国の大豆は他の国とも違う遺伝子を持っているとか、どこか違うみたいなんだ。晴和王国って不思議だよな」
「大豆については固有種とも違うかもしれないけど、植物や動物はそうだね。晴和王国に自生する植物は約一万種類。そのうち6000種類が晴和王国にしかない固有種だ。さらに、晴和王国近海の生き物でも、世界の海生哺乳類約300種類のうち約180種類が晴和王国にいて、世界の海水魚約20000種類のうち約5000種類が晴和王国に生息している」
「約5000種類のうち、晴和王国固有種は3000種類だったか」
「うん。晴和王国は他国に比べて森林が多いため、そこから海へと流れ出る養分が魚の生体にも影響を与えているのか。はたまた、暖流と寒流の流れと潮目にプランクトンが集まるせいか。火山が多いのもその理由の一つなのか。まったく、不思議な生態系を持った国だよ」
もう一つ、ラファエルは思考する。
――晴和王国の固有種の多さは、もしかしたら世界樹の影響だろうか。いや、しかし、研究では一万年以上前……サツキさんの話によると、晴和王国がかつて日本と呼ばれていた頃、生息する植物も魚なども今の半分ほどだったらしい。でも、当時の日本も今の晴和王国と同じくらいの比率で固有種が多く生息していた。
士衛組のサツキは、異世界から召喚された少年だ。けれども、ただの異世界ではなく、それはこの世界の過去から来たのではなかろうかと士衛組は推理した。
実際、あり得ない話ではない。
この魔法世界において、どのような魔法を使える人間がいても不思議ではないのだから。
そして、サツキの生きていた時代と比較しても、この国の固有種の多さは変わらない。
とても不思議なことだった。
――サツキさん曰く、当時、世界樹は存在しなかった。あれはのちの科学によって人工的に創られたものという話だ。つまり、固有種の多さなどの不思議な生態系は世界樹由来じゃない。この国そのものが古来より不思議なパワーを持っていると推測できる。
ラファエルが「本当に、不思議だ」とつぶやく。
「民話とか神話とか、昔話もおもしろいしな!」
リディオとラファエルの話を受けて、アキとエミが照れたように頭をかいた。
「晴和王国がそんなに褒められるとうれしいよ!」
「アタシたちの生まれ故郷だもんね!」
「そうだ。次は晴和王国の自然について語ってるお話はどうかな?」
「たとえば、『ヨシの葉のお礼』とか?」
「それだ!」
アキがエミの提案に弾かれたように賛意を示した。




