幕間紀行 『ワームアップ(4)』
ブンキチが町に到着したのは、予定通りお昼前でした。
町を見回しましたが、ヤスベエの姿はすぐには見つかりません。
――あいつが悪さをして騒ぎになってるってこともなさそうだ。おれもさっさと買い物して、あいつを連れて村に帰ろう。
妻に頼まれていた物を順番に買っていきます。
最初に、子供たちの新しい服を買いました。
荷物が重くならないように、釜は後回しにしようということです。
その次に、先にお昼ごはんを食べることにしました。
「さあ。子供たちの服も買ったし、次はお昼ごはんだ。しかし……」
右を見ても左を見ても、ヤスベエが見当たりません。
「ヤスベエのやつ、どこに行ったんだか。変なことしてなきゃいいが……」
お昼ごはんを食べると。
今度は雪かきを買いました。
「雪かきも買えた。残りは、釜とお土産の梨だな。釜を買って余ったお金で買えるだけ梨を買えばいいから、先に釜だな」
ブンキチは釜も買いました。
金物屋の店主に渡されて、
「ありがとうございます」
それをブンキチは巻き簾で包みました。
「ほい」
クルクルっと巻き簾で釜を丸めて伸ばしていきました。
すると釜は筒のようになりました。
「おお、いつ見てもブンキチさんの魔法はおもしろいね!」
「ただ細く伸ばしてるだけですよ。背負うのに便利なだけが取り柄で」
「いやいや、なんでも薪みたいになるなんて、ブンキチさんの《巻薪》があればおらもそこら中回って売り歩くんだけどな」
「えへへ。どうも。それじゃあ、また来ます」
「はいよ。またね、ブンキチさん」
ブンキチの魔法《巻薪》はどんなに硬い物でも巻き寿司みたいにくるんと巻いてしまうことができます。
いつもはそれで畑の野菜を収穫したり、外に売りに行ったりしているのでした。
しかし、見た目が変わっても重さは変わりません。
釜は背中にずしんときます。
「いくら細くなっても、さすがに重たいな。でも、これも家族のためだ」
こうして。
最後に、子供たちの好きな大玉の梨を買って帰ることにしました。
「いい時間になってきたし、梨を買ったら帰るぞ」
そのときでした。
道の先に、ヤスベエがいました。
「お、ヤスベエか。どこに……」
言いかけて、ブンキチは驚きました。
「なんだ、おまえが背負ってるのは! 梨じゃないか!」
「はっはっは!」
「そんなに買ったのか?」
「全部買い占めてやったぞ!」
「おまえってやつは」
と、ブンキチは頭を押さえます。
「おれへの嫌がらせのためだけにそんなことして」
「ん? なんの話だ? オレはただ梨が食いたくて買っただけだぜ?」
「白々しい」
「ブンキチ、おまえも言ったじゃねえか。町で悪さをするなって。オレはなーんも悪いことなんかしてねえだろ?」
「してはないけど、わざわざそんな嫌がらせすることないだろ。子供たちの好物なんだ」
「知らーん。知らねえよ」
「まったく……」
「そんで、ブンキチ。おまえの買い物は終わったのか?」
「梨も買えないんじゃあ、他に買う物はないからな」
「そうかそうか。はっはっは! オレも買う物なんかねえ。お先に失礼するぜ。じゃあな、ブンキチ」
ぴゅーっと風の吹くように、ヤスベエは町を飛び出していきました。
大玉の梨はそれなりの重量がありますが、それでも釜を持ったブンキチよりは荷物はずっと軽いでしょう。
「仕方ない。なんか別のお土産でも買って帰るか」
少し町を歩いて、ブンキチはここでも梅干しを買って行くことにしました。
「お土産になりそうなものもなかったし、次に来たときになにか買ってやろう。今日は帰り道につまむ分の梅干しだけで我慢。帰りの体力も必要だしな」
ブンキチは買った梅干しを一つ口に含んで町を出発しました。
「おー、すっぱいっ! しょっぱい!」
今から町を出て、急いで帰れば夜には着きます。
ブンキチは家で待つ家族の顔を思い浮かべて、雪降る帰り道を歩くのでした。




