幕間紀行 『ワームアップ(2)』
翌朝。
ブンキチは早くに目覚めると、妻の作った梅干しの塩むすびを受け取り、出かけていきました。
「いってきます。夜には帰るからな」
「はーい。気をつけて」
子供たちも「いってらっしゃーい」、「早く帰ってきてねー」と見送ってくれます。
家を出てすぐ、ふらっとだれか近づいてきました。
横を見ると、それはいつも悪さばかりをするあのヤスベエでした。
「おう、おはようさん。ブンキチ」
「おはよう。ヤスベエか」
「どこに行くんだ?」
「おれは山向こうの町に買い出しに行くんだ」
「そうか」
「ヤスベエはこんな朝早くにどうした?」
すると、ヤスベエはニヤリとしました。
――おもしろそうだな。ちょっとオレもついていって、ブンキチを困らせてやるか。
ヤスベエはパンとブンキチの肩を叩いて、
「実はオレもなんだ。奇遇だな」
「ほう、そうだったのか」
「そんじゃあ、いっしょに行くか」
「ああ」
二人は村を出て、山を登り始めました。
ブンキチは空を見上げます。
「お、雪か」
「雪が降ってきたみてえだな。冬だ、この時期はよくあることじゃねえか」
「そうだな。でも、雪があんまり降ったら帰ってくるのも一苦労だ。早く帰って来られるように少し急ぐか」
「町まで休まず歩いても三時間はかかるぞ。一回も休まないのか?」
「それは身体と相談してだな」
言いながらブンキチは考えます。
――途中で梅干しの塩むすびを食べようと思ってたけど、お昼までに着いたらお昼ごはんは町で食べるだけでいい。そうしたら帰り道にでも食べるか。
ヤスベエが聞いてきます。
「どうした? ブンキチ」
「いや、なんでもない。急ぐぞ、ヤスベエ」
「ははは。せっかちだな」
「この道も通る者は多くないから、雪が積もったら歩くのも大変なんだぞ」
「ちょっとくらいなんてことないだろ。それよりブンキチ、今日はなにを買うんだ?」
「今日は、子供たちの新しい服と、雪かきと、釜だな」
「へえ」
「あとは、今の時期はこのあたりでは大玉の梨もあるだろう? あれを子供たちのお土産にしたいんだ。子供たちは梨が好きだからな」
「梨かあ。いいな」
「日持ちもするから、少し多めに買っておきたいんだ」
「そうかそうか」
また、ヤスベエはニヤリとします。
――ひひひ、いいこと聞いたぞ。
ブンキチが小首をかしげます。
「どうした? ヤスベエ」
「いいや、なんでもねえ。行くぞ」
「ああ。急にやる気になってどうしたんだか」
「ははは。どうもしねえよ」
「こういう日は悪さもするなよ。町に行っても町の人たちを困らせちゃあいけないぞ」
「ははは、そんなことしねえよ。オレがいつ悪さなんかした?」
「いつもしてるだろうに」
「さあ、張り切って行くぞー」
はあ、とブンキチは小さくため息をつきます。
――おかしなことしなきゃいいが。
ヤスベエが前を歩き、ブンキチはそのあとについていって山を登っていきました。




