幕間紀行 『ストップバイアート(23)』
ナズナは観劇を終えて、全身が脱力したように椅子に背中を預けていた。
リラが話しかける。
「とってもステキな舞台だったね」
「うん」
他の観客たちが席を立って出て行く中、ナズナはまだ立ち上がれないでいた。あるいは余韻に浸っているのかもしれないが、ふわふわした顔をしている。
そんなナズナを優しく見やって、
――ふふ。ナズナちゃん、疲れちゃったのかな? 一生懸命見てたもんね。
クコたちが感想を言い合っているのを聞きながら、リラはナズナが見上げているほうに目を向けた。
宙を見つめて、リラはナズナに寄り添うように、ナズナに呼吸を合わせてみる。なんだか心地良い感覚が伝わってくる気がした。
すると、ナズナがぽつりと言った。
「あんな歌を……歌える人が、いるんだね。すごかった。キラキラしてた」
「うん、すごかったね。でも、きっとナズナちゃんも歌えるよ。きっとあんなふうに輝けるよ」
恐縮したようにナズナが身体を起こして、
「そ、そんなこと……」
と言いかけ、言葉が止まる。
そして、別の言葉を続けた。
「お、覚えてる? 前に……一年以上前に、リラちゃんと王都で歌劇団の舞台を見たときも、歌ってキラキラしてた歌劇団のお姉さんたちのことをすごいって言ったら、リラちゃん、今と同じこと言ってくれたの」
「懐かしいね」
「王都に、サツキさんが来たときもね、思い出したんだ」
「ん?」
また話が少し飛んだように思ったが、リラは耳を傾ける。
「チナミちゃんが、わたしの歌を必要としてくれて、クコちゃんも、わたしの力を求めて、王都まで来てくれて。サツキさんがピンチで、《勇気ノ歌》を歌うための勇気が欲しいとき、リラちゃんの言葉が自信をくれたの」
「そうだったんだね。勇気、出た?」
「うん。歌えた、よ」
「すごい」
ナズナは首を横に振った。
「すごいのは、リラちゃん、だよ。いつも、わたしを引っ張ってくれて、わたしに自信をくれて。それに、絵も上手で、どんどん成長して……」
「……」
なるほど、とリラは心の中でつぶやく。
――リラの絵が成長してるってみんなが褒めてくれたとき、ナズナちゃんは置いていかれちゃったと思ったんだね。もしかしたら、自分のためにオペラ鑑賞の機会も用意してくれたのに、リラに比べて自分は成長できてないって……。リラだってまだまだなのに、いっしょにいたことでプレッシャーを大きくしちゃったんだ。ごめんね、ナズナちゃん。
ナズナは続ける。
「それに、わたしのために、オペラのこと、いろいろ調べてくれたり、今日の『ミノーラ座』のことも、夜遅くまで調べてくれたり」
あはは、とリラは苦笑する。
「気づいてたんだね」
「夜中、起きたら、リラちゃん、本を読んでたから……。美術館のことしか調べてないって言ってたのに、さっきも、『ミノーラ座』のこと、教えてくれて、そうだったのかなって」
「せっかく有名な『ミノーラ座』に行くんだし、リラも気になっちゃって」
「リラちゃんは、だれかのためにも頑張ってくれて、本当にすごい」
「それは、自分のためでもあるって言ったのに」
ちょっとおどけるようなリラ。
ナズナはそんなリラの手を握って、
「あの……だからね、リラちゃん」
「なに?」
「いつも寄り添ってくれて、ありがとう」
「え」
リラは目を丸くする。
「おしゃべりも、自分を表現するのも、苦手な、わたしだけど……いつも、わたしの気持ちに寄り添って、助けてくれて、ありがとう。わたし、リラちゃんが隣にいると、もっと成長できるってことも、わかったよ。リラちゃんがいると、安心できることも、わかったよ。ありがとう」
「えっと……」
とリラは言葉を選ぼうとする。
――今回、ナズナちゃんの心を動かして、解決したのはサツキ様で、リラはなんにもできなかった。でも、ナズナちゃんは、そんなこと言ってるわけじゃないんだよね。
少し迷ったけど、リラはその次に思ったことをそのまま口にした。
「そんなお礼を言われるほどのことじゃないよ。リラはいつもナズナちゃんの味方なんだから。ナズナちゃんも、伝えてくれてありがとう」
「うん」
ナズナはとてもいい笑顔でうなずいた。




