幕間紀行 『ストップバイアート(22)』
オペラが始まるまでの間。
リラはナズナに、この『ミノーラ座』のことを話してあげた。
「へえ、そうなんだ」
ナズナはじっとリラの話を聞いて、頭の中で空想を広げるように大きな瞳でリラを見つめ返している。
そうしている間にも客席はびっしりと埋まり、玄内とバンジョーもやってきて合流し、やがて開演の時間になった。
開演。
オペラが始まる。
鑑賞中、ナズナはまた夢心地になった。
三日前に初めて見たオペラも、すべてを忘れて熱中した。
初めてのオペラで、全身に音が響く感覚を味わった。
だが、今回はそれ以上だった。
「わぁ……」
「綺麗な歌だね」
感嘆を漏らすナズナに、リラがそっとささやいた。
「うん。冒険してるみたい」
「冒険?」
急な比喩にリラが小首をかしげる。
――そんなストーリーだったかな? ちょっと違うような……。
ナズナは片時もオペラ歌手から目を離さずに言った。
「勇気を出して、旅に出たとき、わたし、身体の中で壮大な音楽が奏でられていく気がしたんだ。王都を出るまでの、いつも見慣れた景色も、冒険の世界に見えて……冒険をする勇者の物語への、憧れ、みたいな、それが目に見える景色を彩っていて、壮大な音楽が聞こえた気がして……」
「そっか。今も、そう感じたの?」
「うん」
目はオペラに奪われながら、笑顔でうれしそうにうなずくナズナ。
その横顔を見て、リラは優しく微笑んだ。
――そっか。ナズナちゃん、昔からおとなしくて、自分にそんなに自信もなくて、だから物語の勇者に憧れて、《勇者ノ歌》って魔法を創造したんだもんね。
ナズナの魔法《勇者ノ歌》は、歌によって特定のだれかの魔力を高めて筋力も高める効果を持っている。
――本人は気づいてないけど、今のナズナちゃんは、もう勇者になってて。冒険に出て、たくさん旅をしてきて。でも、冒険への憧れはずっと変わらずにあって。だからオペラっていう未知の世界が広がっているのを見て、好奇心に目が輝いているんだ。
小さな子供や赤ん坊が、未知の世界の物に興味を持ったとき、それを見る瞳が輝くのと同じだ。今のナズナはそんな目をしていた。
元々、ナズナは晴和王国の少年少女歌劇団にも憧れを抱いていた。
歌が好きだったこともあって、音楽とダンスと演劇、そして美術までもがひとつになっている歌劇団の舞台を見るのが好きで、リラもいっしょに見に行ったことがある。
きっと、今のナズナもオペラ歌手のように歌ってみたいという気持ちになっているのだろう。
ナズナを挟んで、その奥には、サツキが座っている。
リラはサツキと目が合った。
サツキはうなずいた。
つまり、ナズナの《波動》は良い高まりをしているということだ。
微笑を返して、リラは再び舞台に目を転じる。
――よかったね、ナズナちゃん。きっと、ナズナちゃんは大きく成長してるよ。




