幕間紀行 『ストップバイアート(21)』
『ミノーラ座』にやってきた。
イストリア王国が誇る、世界最高峰のオペラ・ハウスである。
ナズナは外から『ミノーラ座』の外観を見てほーっと息をつく。
「なんだか、胸がドキドキしてくる」
「これまでとっても長い時間、ここではたくさんの音楽が生まれてきたんだもんね」
リラがそう言うと、チナミもこくりとうなずいた。
「特別な場所。だから、サツキさんが言ったように、いるだけで《波動》が高まるのかも」
「人の念とか、もっとポジティブな言い方をすれば、音楽のパワーが積み重なってきた場所なのかもね」
二人の言葉を聞いてナズナは微笑を浮かべた。
「うん。たくさんの人が、音楽の種をまいて、水をあげて、花を咲かせて、それを繰り返してきた、音楽の花園。そう考えると素敵だね」
「……だね」
と、リラは笑顔を返す。
――やっぱりナズナちゃんって、リラとは感性が違うな。でも、今のナズナちゃんはもういつもナズナちゃんに戻ってる。サツキ様のおかげで。リラは、ナズナちゃんがもう不安にならないよう、隣にいてあげよう。
クコが声をかけた。
「さあ。入りましょう」
「はい」
建物の中に入った。
ナズナはリラにささやく。
「ほんとだね。空気が違う」
「うん。リラにもわかるよ」
始まるまでは時間も少しあるので、一行は建物の中を歩いてみた。
しかしそれも時間つぶしとしては足りない。
まだ着席するには早いが、他にやることもないから席につく。
並びは、サツキの意向によって決まった。
ナズナは右にサツキ、左にリラ。
この二人に挟まれている。
隣にいたほうが《波動》を感じ取りやすいから、側でナズナの《波動》の変化を見たいそうだ。
サツキはナズナの《波動》を見た。
――すでに良い調子で高まってる。やっぱり、特別な場所では効果を受けるらしい。リラの時もそうだったが、その道にいる人間のほうが《波動》の高まりは大きくなる。
変化が大きいのだ。
美術館にいるとき、リラには士衛組のだれよりも良い《波動》の高まりがあった。
しかし、他の士衛組のみんなの変化はそれほど大きくはない。
それに対して、オペラ・ハウスではナズナの《波動》の高まりが顕著である。
――オペラ鑑賞が始まれば、もっと高まるだろう。それと、別にもう一つ気になっていることがある。声について。オペラ鑑賞が終わったら、ナズナに試してもらおうか。
ナズナがチラとサツキを見る。
恥ずかしそうに聞いた。
「あ、あの。どうですか?」
「ああ。うむ。良い高まりを感じる。俺の予想は当たっていると思う。あとは、オペラ鑑賞だな」
「はい。楽しみ、です」
「ナズナはなにも考えず、身体で音楽を感じるといい」
「どういうこと、ですか……?」
「先生が言っていたんだけど、人間は皮膚からも音を聞くらしい」
「皮膚?」
「人間の可聴域は20ヘルツから2万ヘルツ。それ以外の音を聞き取れる動物もいるだろう?」
「イルカさん、ですか」
「うむ。イルカは超音波で仲間とコミュニケーションを取ったり反響定位によって周囲の状況を把握すると言われている。ナズナの超音波もイルカを参考にしたよな」
「はい。水族館で、いっしょに見た、イルカさん」
浦浜の水族館で、ナズナはチナミとサツキといっしょにイルカを見た。そこでサツキから超音波の話を聞いて、それを魔法に生かせないかと修業したのだ。
「ヒナも普通の人間には聞こえない音が聞き取れるように、可聴域以外の音も確かに存在している。そういう音も皮膚は聞いているという話なんだ」
「すごいです」
「だからここにいるだけで、ナズナにとっては特別な時間になると思う」
「ありがとう、ございます」
ナズナははにかむ。
横で、リラもそのアドバイスを聞いていた。
――たぶん、ナズナちゃんの悩みは自分の成長。でもそれは、ここにいるだけで、目には見えない形でナズナちゃんの力になる。そうわかって、ナズナちゃんは落ち着いて、いい顔になった。問題は解決した。サツキ様には敵わないな。リラが力になってあげたかったけど、リラは寄り添うだけだ。
リラはナズナに言った。
「あと五分もしたら始まるよ。楽しみだね」
「うん」




