幕間紀行 『ストップバイアート(14)』
『ファッションの都』メディオラーノ。
イストリア王国の中でも最先端の流行を発信する大都会である。
洗練された街並みは現代的な空気を持ち、街をゆく人の雰囲気もマノーラと異なっている。
さすがにファッションとデザインの街と言われるだけあって、歴史的建造物も近代に美しく調和していた。
しばらくすれば夕方になるということで、みんなで街を少しばかり散策してから宿を決めて、そのあと食事になった。
ナズナはこの旅の中で、あまり高級レストランには入ったことがなかった。
晴和王国の料亭には行ったこともあったが、海外の高級レストランは経験も少なく、晴和王国からアルブレア王国へと旅する途中で立ち寄ったことがある程度だ。
だから緊張していたが、士衛組はみんな高級レストランなど意に介していない様子だった。
「気にすることねーよ。うまいもんを味わうのが一番だぜ!」
バンジョーがこの調子なのはいつものことながら、玄内も珍しくバンジョーに同意して、
「そうだな。肩肘張って食ってもうまくねえ。気になるようならクコやリラの真似でもしとけばいい」
「わたしなんて普通ですっ」
クコが慌てて恐縮しているが、確かにこのメンバーの中ではアルブレア王国の王家の人間であるクコとリラはマナーも申し分なさそうだった。
食事の席でも、クコはにこやかにマナーのことを教えてくれたので、ナズナも変な緊張はあまりしなかった。
士衛組はメンバーのうち何人かが晴和王国の衣装に身を包んでいるのもあって、店や他の客からもマナーは気にされていない様子でもあった。そこまでドレスコードも厳しくないフランクなお店だったのかもしれない。
「うめえな!」
「ちょっと静かに食べなさいよ」
「シェフと話がしたいぜ」
「やめてよ」
バンジョーはしっかりと味わい、ヒナがバンジョーの大きな声を注意する。
チナミが子供用の椅子を勧められて断り、「なんですかこのお店。マナーがなっていませんね」と機嫌を損ねる場面さえあった。
浴衣のチナミ以外にも、着物のルカや袴のミナトと玄内も和装を解かないでくつろいでいたし、様になっているのは綺麗な衣装に着替えたクコとリラくらいのもので、サツキとナズナは普段着で食事をいただいた。
店を出て、ヒナが肩を落とす。
「食べた気がしなかったわ」
「なんだよ、もったいねえな」
不思議そうにバンジョーがヒナを見てそう言うと、ヒナはキッとにらむ。
「あんたのせいでもあるのよっ」
「へ?」
まったく心当たりのないバンジョーであった。
そんな二人を見てリラはクスクス笑って、ナズナに笑顔を向けた。
「リラはとっても美味しかったなぁ。ナズナちゃんは?」
「うん。おいしかったよ」
「味だけはよかったかな」
チナミはまだ一人だけ子供扱いされたことが尾を引いていた。「次はファミリー向けじゃなく、大人のお店の方が落ち着けるかも」などと言っている。
ルカは別のお店を見て、
「サツキも大人になったら、いっしょにパブに行って飲みたいわね」
「上品な雰囲気のお店が多そうだし、そういうのもいいかもな」
とサツキもそちらに視線をやった。
ミナトがサツキの横に来て肩をすくめる。
「へえ。サツキが大人のお店でお酒かァ、いなせだねえ。お酒も悪くかもしれないが、僕は食べ物がいいな」
パブはパブリックハウスの略であり、アルブレア王国から広がった文化である。地域住民の集まる社交場で、お酒だけに重きを置くものでもないが、お酒ありきの印象がミナトにはあるらしい。
ヒナ曰く、
「この辺りのパブでは、食前酒を一杯いただくとビュッフェも付いてくるのよ。まあ、今では食前酒っていうより食事の場にもなっていて、お父さんと食べたビュッフェは美味しかったわ」
「へえ。そうなのか」
「堅苦しくなくてあたしはそっちのほうが好きかな」
「僕もそのほうがいいや」
同い年の三人で話していると、玄内が言った。
「オペラ鑑賞もしっかりしたいし、おまえらは買い物もするんだろ? だったら、明日は一日この街で過ごして、明後日の朝に出発だ」
「予定は、いいんですか?」
普段ならサツキやクコが聞くことだが、ここではナズナが最初に聞いた。
――わたしのために、一日延ばしちゃうなんて……。
玄内はあっさりと答える。
「シャルーヌ王国での準備もそんなに時間もかからねえさ。一日や二日くらいなんの問題ない」
サツキもうなずいた。
「そうですね。じゃあ、明日もメディオラーノに一泊しましょうか」
「わかりました! 『ミノーラ座』のチケットはレオーネさんからいただいていますが、オペラ鑑賞は午後ですしね。オペラが始まるまでは自由行動にしましょう」
クコがまとめて、この日は宿に戻った。




