幕間紀行 『ストップバイアート(8)』
士衛組は美術館を出た。
「いろんな絵があったね」
リラが嬉々とナズナに言った。
「そうだね。いっぱい絵を見て、わたしも、絵を描きたくなっちゃった」
「じゃあ、参番隊みんなで描こう」
チナミが提案して、リラが賛同する。
「いいね! リラ、描きたくてたまらないの」
「わ、わたしは、歌も、歌いたいな」
ナズナがはにかむ。
「歌も歌おう」
と、チナミは即答する。
ふと、お泊まり保育のような光景を想像したサツキだったが、三人の会話を聞いて、ナズナがすっかり元通りになっている気がして安堵した。
――この分なら心配いらないな。美術館で見たナズナは……俺の勘違いだったのかもしれない。
美術館では、一時的にナズナの声の波動に乱れを感じたが、今は大丈夫になっている。
――俺の波動を感じ取る感覚もまだまだってことだな。みんな波動の感じが良くなってると言えばいいのか、芸術に触れることは魔力や波動に良い影響を与えるらしい。
そしてサツキはリラを一瞥する。
――特にリラ。ここにやって来る前と今で、波動が高まってる。ナズナはオペラ鑑賞後の高まりが顕著だった。この寄り道は思ったいた以上の効果があったと思っていい。普通の人の目には見えない変化だけど、後々、大きな威力を発揮してくれそうな、そんな効果が……。
サツキは明るい予感を胸に秘め、夕暮れのフィオルナーレを歩く。
その晩。
参番隊は集まって、絵を描いたり歌ったりした。
最初は絵を描いた。
チナミの画力は普通で、ナズナは芸術的な才能に恵まれていて絵も創造的でリラが感心し尊敬するほどだ。
――ナズナちゃん、やっぱり絵も上手。ステキ……! リラも今日たくさん刺激を受けて、いい絵が描けそうなんだ。
リラが描いている途中で、早々にナズナは絵を完成させて、一人歌い始めた。
昼間に聞いたオペラのような声の伸びや声量はなかったが、今までのナズナとは違った歌が聞こえてきた。
「ナズナちゃん、そんな歌も歌えたんだね。今まではなかった声の広がりがあって、なんだか芸術的な感じだよ」
「わかる。ナズナ、進化してる気がする」
ナズナは褒められたのがちょっとくすぐったいみたいに口元に人差し指をやって照れた顔になった。
「えへへ。ありがとう。リラちゃん、チナミちゃん」
「オペラの影響かな?」
「そうかも。まだ、オペラみたいに、大きい声とか、迫力とか、出ないし、総合芸術に遠いけど」
いつも参番隊の三人で修業する時間、今日はこうして絵を描いて歌って過ごしていたのだが、ナズナはこの時間に成長を感じることができた。
しかし、リラの描いている絵を見て、息が止まる。
――え、なに……この絵……。
まるで宗教画のようなスケールと緻密さで、美しい世界が活写されている。
なんて想像力に満ちて生き生きしている絵だろう。
ナズナはすぐに言葉が出なかった。
――リラちゃん、こんなにすごい絵が、描けるようになっちゃったの?
褒めたくても声が出てこない。
理由はわからない。
だが、その正体はチナミの言葉で理解された。
「リラの成長、すごすぎ。頼もしい」
「褒めすぎだよ、チナミちゃん」
「さすが、参番隊隊長」
その正体は、ショックだ。
成長したと思っていた自分とは比較にならないほど成長したリラを見て、ナズナはショックだったのだ。




