幕間紀行 『ストップバイアート(5)』
オペラはナズナがこれまで見たこともない舞台だった。
演劇と歌によって構成されているという点では、ナズナの故郷・王都の歌劇団の舞台も同じだが、まるで違うものに見えた。
王都少年少女歌劇団はナズナも好きで、憧れもある。晴和王国では彼らをアイドルとして見ていた。
だが、オペラには憧れとも異なる不思議な魅力があった。
――すごい……すごい、すごい。なんだか、びっくりしちゃったよ。
初めから、全身に音が響く。
隣にいるリラはじっと目を離さず見ていたが、ナズナにそっと話しかける。
「あのね、オペラって総合芸術って言われてるんだって」
「総合芸術?」
「音楽、文学、演劇、美術がひとつになっているからみたい」
「そうなんだね」
歌声に聞き惚れて歌詞が頭に入ってこなかったり、内容が少し難しかったりして、ストーリーをちゃんと歌から読み取ることができないこともあったが、ナズナにもなんとなく感じ取れる部分もある。
だから総合芸術という言葉もなるほどと思った。
終始夢の中にいるような心地でオペラ鑑賞をしていたナズナ。
どれくらい時間が経ったのかもわからない。今見ているオペラ以外のことはすっかり忘れるほど集中していた。
――わたしも、あんな歌、歌いたいなぁ……!
オペラ鑑賞を終えて。
士衛組は美術館に向かって歩いていた。
まだ夢から覚めないでいるナズナを、チナミが呼びかけた。
「ナズナ」
「あ」
「ナズナ、大丈夫?」
「う、うん。なんだか、まだ余韻が残ってて……」
「うん、そういう目をしてた」
「それで、なに?」
「どうだった? オペラは」
「すっごく、よかったよ。圧倒されちゃって、あんまり覚えてないけど……でも、心には、しっかり残ってる」
「そっか。ならよかった」
チナミが優しい表情でそう言って、二人の会話を聞いていたリラも、
「やったあ。じゃあ、とっても実りがあったね。リラもね、創造力が刺激されて、夢中になっちゃった」
とナズナのことも喜んでくれて、自分自身の経験としても喜びを感じているようだった。
「創造力って点では、私も刺激を受けた」
「さすがチナミちゃんっ!」
リラに褒められるが、チナミは頬だけうっすら桃色に染めて、照れ隠しなのか素っ気なく返す。
「別に、刺激を受けただけでさすがもなにもないけど」
「そんなことないよ。チナミちゃんっていつもいろんな技を使って戦っていて、身のこなしも戦い方も芸術的だもん。リラ、憧れちゃうな」
「フウサイさんに比べたら大したことない」
忍者のフウサイは、チナミが忍者のような身のこなしや技を学ぶときの先生なのだ。天才忍者から教わっているからだけじゃなく、チナミには素質があるのだとナズナは思っていた。
「それに、私にもできない戦い方なら、リラもしてる。着ぐるみで暴れたりとか」
「もう、それは芸術じゃないよお」
楽しそうな二人の会話を横目に、ナズナはまたちょっと考えていた。
――実り……どんな実りが、あったのかな。刺激は受けたけど、心にも残ってるけど……あんなふうに歌いたいって気持ちになっただけで、まだ一歩も進めてないよ。
小さな焦りを覚えつつ、ナズナは次のリラの声で引き戻される。
「ほら、ナズナちゃん。美術館だよ。今度はどんな芸術に会えるか、ワクワクするね」




