幕間紀行 『ストップバイアート(2)』
局長であるサツキがプランを説明して、一行は動き始めた。
みんなの後ろを歩きながら、ナズナは期待に胸をふくらませる。
「オペラが生まれた宮殿、かぁ……楽しみだな」
フィオルナーレの街並みには、すでに音楽がそこにあるような雰囲気がナズナには感じられる。
そんな街を歩くだけで、一歩ごとに音が生まれる気がして、自然と足取りも軽くなる。
――どんな音に、出会えるんだろう。どんな音楽が、聞けるんだろう。ドキドキするよ。
リラがにこっとナズナに笑いかける。
「いい顔してる」
「ん? いい顔?」
小首をかしげるナズナに、リラは言った。
「今のナズナちゃん、キラキラした笑顔だなって」
「た、楽しみだから。音楽、聞くの」
「うんうん、楽しまないとね。せっかく旅の合間に、オペラ発祥の地に立ち寄ってくれたんだもん」
ナズナはリラにも聞こえない声で、「え?」とつぶやく。
――旅の合間……そうだった。ヒナちゃんも大変な時で、本当は、早くシャルーヌ王国に行って、実験の準備しないとなのに……それなのに、わたしのために、オペラの街に立ち寄ってくれるんだよね。
このあと、士衛組はシャルーヌ王国で公開実験を控えている。
公開実験はシャルーヌ王国の首都、『芸術の都』リパルテで行われるのだが、それまであまり時間もない。
裁判で負けそうになったとき、助けてくれたシャルーヌ王国の外務大臣・ディオンと側近・ナゼルが言うには、三週間ほどの猶予しか与えられないだろうとのことだった。
だから、早めに決戦の地へ駆けつけ、公開実験の準備をしなければならないし、当事者のヒナは不安で今を楽しむ余裕などないだろう。
それなのに、サツキはナズナのことを考えて、オペラ発祥の地・フィオルナーレとオペラの街・メディオラーノに立ち寄ることにしてくれた。
ナズナが歌の魔法を持つから、ナズナの成長のためということだ。
士衛組の先生である玄内も、急がなくても公開実験の準備は間に合うと判断し、ナズナの成長を思って了承してくれたことはわかっている。
だが、今この寄り道は、ナズナのための時間であることに変わりない。
――わたしは、ただ楽しむために来たわけじゃ、ないんだよね。
フィオルナーレは、『古典芸術の都』と呼ばれている。
かつてこの地域では、古典古代の文化を復興しようとする文化運動があり、それはルーン地方全体へと広がった。
洗練された技術によって古典が新しい芸術に昇華された時代。
これを『美芸復興期』と呼ぶそうだ。
そうした時代の芸術作品が数多く生み出された中心地だった。
また、オペラ発祥の地でもあり、メディオラーノと並んで有名なのである。
つまり。
フィオルナーレは、絵の魔法を持つリラのためでもあり、同時にナズナのためでもあるのだが、次のメディオラーノはおそらくナズナひとりのため。
忙しい時期に、貴重な時間をナズナのために使ってくれている。
――サツキさんや、ヒナちゃん……士衛組のみんなのためにも、わたし、頑張らなくちゃ……!
ナズナの表情の変化を見て、リラはその理由がわからず首をひねる。
――ナズナちゃん……?




