幕間紀行 『ストップバイアート(1)』
列車は、軽快で重厚な音を鳴らせて走る。
その音が止まったのは美しい街だった。
『古典芸術の都』フィオルナーレ。
ナズナは列車から見える街に目を輝かせた。
仲間たちと共に列車から降りて、キラキラした笑顔で街を見渡す。
「わぁ、街が、ひとつの芸術作品、みたい……!」
「そうだね、ナズナちゃん。リラ、もうこの街を絵にしたくなっちゃった。ちょっと描いちゃおうっと」
隣では、リラがスケッチブックと鉛筆を取り出して、さっそく絵を描き始める。
「リルラリラ~」
これはリラが楽しいときに口ずさむ、いつもの歌だ。ナズナが覚えているリラの記憶の中で、最初のものからずっと口にしていた気がする。歌が調子づけるように、リラの鉛筆はさらさらっと流れるように走り、簡単なスケッチがされてゆく。
――す、すごいなぁ、リラちゃん。立ったまま、いきなり、絵を描いちゃうなんて……。
優しくその様子を見つめ、ナズナは口元を和らげる。
「本当に、絵が好きなんだね。リラちゃんは」
「うん。リラ、絵を描くの大好き。みんながおしゃべりしてるからつい描いちゃったよ」
士衛組のみんなはこれからどこへ行ってなにをするのか話している。
この街のことを一番よく知っているヒナがサツキにそれを伝えて、玄内から了承をもらっていた。
――わたしは、歌うのが好き。でも、リラちゃんが絵を描くみたいに、急に歌い出したら、変な子だって、思われちゃうよね。ふふふ。
急に歌い出す自分を想像して、ナズナは笑ってしまう。
そんなことを考えている間にも、リラはサッと鉛筆を横に一閃、スケッチブックをナズナに見せた。
「描けたよ、ナズナちゃんっ」
「リラちゃん、上手。こんなに短い時間なのに、すごいなぁ」
「ふふ。前にナズナちゃんがくれた《速記鉛筆》のおかげだよ」
《速記鉛筆》は、文字を速くことができる魔法道具なのだ。もちろん絵や図だって速く描ける。晴和王国の王都にある文房具屋に置いてある商品で、ナズナの家からも近いため、よく絵を描くリラにプレゼントしたものだった。
「それでも、こんなに速く描けるのは、すごいよ」
「えへへ」
リラはお茶目に笑ってスケッチブックを閉じる。
――今度は、わたしも、歌っちゃおうかな。なんて。
どんなときでもすぐに絵を描くリラを見て、ナズナはそんなことを思いながら口元を緩ませた。
時は創暦一五七二年九月十三日。
イストリア王国の首都、『永久の都』マノーラを出発したその日。
音葉薺は列車に揺られて、士衛組の仲間と共に、『古典芸術の都』フィオルナーレにやってきた。
仮に、士衛組の物語の始まりを、ナズナのいとこ・青葉玖子の旅立ちとするなら――アルブレア王国の王女であるクコが、とある大臣に国を乗っ取られようとしていると知り、旅立ったのは去年の今頃であり、その後、クコは晴和王国へと旅をして、異世界から勇者を召喚した。
その勇者が、士衛組の局長・城那皐である。
サツキがこの世界に降り立ったのが今年の四月一日。
それから二人は旅をして、士衛組を結成した。もちろん、士衛組は悪の大臣からアルブレア王国を取り戻すための組織だ。
結成後すぐ、二人はナズナの元に訪れ、ナズナを旅の仲間に誘ってくれた。
事情を聞いて、ナズナはクコの妹でナズナとも同い年の青葉莉良の身を案じて自分も旅の仲間に加わることを決めたのだった。
仲間はすでに、他にも二人いた。
医者の娘・宝来瑠香。
料理人・大門万乗。
さらに、王都ではナズナの家のお隣さんで幼馴染みの海老川智波、ルカの魔法の師である『万能の天才』玄内も仲間になり、次に向かった忍びの里では、超一流の忍者・夜鳶風才を仲間にして、そのあと海の外に出るために訪れた浦浜で、地動説証明のためにイストリア王国を目指す少女・浮橋陽奈が仲間になった。また、晴和王国からの船旅では、同じ船に乗った少年剣士・誘神湊と出会って、大陸上陸後、仲間になった。ついひと月ほど前には、クコを追って旅立ったリラとも合流を果たした。
そして、ヒナの父親が唱える地動説の裁判のためイストリア王国の首都・マノーラを訪れて、昨日その裁判で戦った。
幸か不幸か、決着はシャルーヌ王国での公開実験へと持ち越しになり、今朝、士衛組はマノーラを出発。
かくして、現在――ここフィオルナーレに至るというわけだった。
相談を終えて。
サツキはみんなに呼びかけた。
「ちょうどお昼時だし、まずは昼食にして、そのあとオペラ鑑賞をしよう。オペラが誕生した地だという宮殿には美術館もあるからそこにも寄って、明日の朝、別の美術館に寄って出発だ」