117 『ロイヤルソード』
「ある夕刻のことです。西日が射し込む廊下で、わたくしの足は止まりました。部屋の中から声が聞こえてきたのです。ブロッキニオ大臣の部屋でした。わたくしは黙って部屋の壁に近づき、耳を傾けました。そこで、ブロッキニオ大臣の声がこう言いました。
『そう遠くないうちに、王剣もワタシの物となろう。王剣『聖なる導きの王剣』がな』
わたくしは思いました。
――王剣『聖なる導きの王剣』は、アルブレア王国王家、すなわち青葉家が代々受け継いできた剣です。今はわたしが持っています。国王夫婦が、次代を担う我が子に与えると、国を守るよきパートナーを導いてくださると伝承される王の剣。それを、なぜ……?
と。
すると今度は、ブロッキニオ大臣とは別の方の声が答えます。
『ええ。そのために、こうして黎之国よりこの常子澄がやって来ているのです。あの剣は青葉家が持つには重すぎる代物。ブロッキニオ様の手にあってこそ、磨かれるというもの』
この声の人こそが……」
クコが言葉を切ると。
ジェラルド騎士団長は言った。
「常子澄だったのですね」
こくっとクコはうなずいた。
「はい。続けて、ブロッキニオ大臣は言いました。
『王剣が今の青葉の物となり、何百年になろうか。手を入れることもせずにいるから錆びるのだ。錆びた剣は研がねばならない。だれかがやるその手入れを、ワタシがやるというだけのこと。王剣が我が手に治まったときには、黎之国も共に研磨してくれよ』
『もちろんです』
と、常子澄さんが答えたところで、会話が途切れたような気がして、わたくしはドアに耳を当てようとしたのですが、
『だれだ!』
と、常子澄さんの声がとがめました。
わたくしは慌ててその場から逃げ去りました」
そして、クコはサツキに顔を向けた。
「思い出しましたか? サツキ様」
「うむ。その人物が常子澄」
「はい」
サツキがその名前を忘れているであろうと思って、クコは水を向けたのだ。実際、サツキはジェラルド騎士団長から常子澄の名前を聞いたときも、どこかで聞いた名前だとは思っていた。
それがやっとつながったのである。
ジェラルド騎士団長は問うた。
「質問させていただいてもよろしいですか」
「どうぞ」
「その会話の意味は……」
「それは、藤馬川博士と話して仮説が立っています」
この謎かけ。
サツキはクコの記憶から謎解きまで見せてもらった。
クコはそれをそのままジェラルド騎士団長に語る。
「あれは、謎かけだったのだと思います。魔法によって、どこでだれに会話を聞かれているかわからない。それゆえ、暗喩とした。その意味は、『王剣』は剣ではなく権力としての『王権』を指し、それを手に入れることは王家乗っ取りを企んだものです。そして、『錆びた剣』は長きに渡り王家であり続けた『青葉家』を、『黎之国も共に研磨するように』との言葉は、権力を簒奪したのちに、『共に国を支配しその体制をつくってゆくこと』を暗示させたものでしょう。つまり、黎之国は協力者。手入れする、とは『王権』に手を入れて国家体制を変える意味もあるのでしょう」
「見識の深さ、恐れ入ります」
「さて。では……『王権』を磨き上げたのち、その『王剣』を、どこへ向けるのか。これが世界樹となり、世界規模の大戦を引き起こすと思われます」
「まさか……っ」
ブロッキニオ大臣がアルブレア王国の権力によって国を挙げて世界樹を狙うとき、戦う相手は世界樹を持つ晴和王国となる。すると、晴和王国の同盟国は放っておかず、ブロッキニオ大臣のバックにいる黎之国など、たくさんの国々が絡み合っての世界大戦が巻き起こされるというわけだ。
「これは、アルブレア王国を彼らの手から守ることで防ぐことができます。だから、わたくしは博士からアルブレア王国を守るために旅立つよう助言を受けました」
「そうでしたか」
そこからの話も丁寧にしていって……。
話が終わると。
ジェラルド騎士団長は目を閉じて、肩が下がるまで息を吐き、それから頭を下げた。
「これより、我はすべてをクコ王女とリラ王女に捧げます。我らがアルブレア王国の姫君を守り、ローズ国王とヒナギク王妃を共に助け出すことを誓います。仮にグランフォードがブロッキニオ大臣側にいようと、我は命を賭して……」
「非常にありがたい申し出、感謝いたします。しかし、すぐに戦いがあるわけではありません。いくつもの段階を踏んで、そして合戦みたいなことになるかと思います」
「なるほど」
「さて。次に、ジェラルド騎士団長。あなたのお話を聞かせてください」
クコの言葉に、ジェラルド騎士団長はぐっと背筋を伸ばした。
「はっ」




