115 『オーディエンス』
「あっ」
ミナトが小さく声を上げた。
平素驚くことの少ないミナトがこんな反応を見せるほど、その来客はミナトにとってもサツキにとっても予想外だった。
「ジェラルド騎士団長」
サツキが立ち上がる。
「どうも。お加減はいかがですか?」
すぐにまたいつものにこやかな顔に戻ってミナトが尋ねる。
「おかげさまで、もうすっかり元通りだ」
「そうですか」
小さく息を呑むサツキに対して、ミナトは「よかった」と微笑を浮かべる。
アルブレア王国騎士。
『独裁官』樹里阿野冶選琉努。
彼は、ルーン地方におけるアルブレア王国騎士団を取りまとめる、最高権力者である。
あらゆる領域を支配することを許されていた。
すなわち、その領域とは大まかに言えば軍務と政務であり、すべてを統べる政務官という位置づけになる。
身長は一九二センチと高く、彫刻のように力強い肉体は古代ローマの軍人のような威風をまとっていた。
かつて、『四将』グランフォードと肩を並べたという実力者であり、年齢は四十を超える。
ちなみに、『四将』はこの魔法世界で個人の武力が圧倒的に優れたトップ4のことで、グランフォードは現在アルブレア王国騎士の頂点を極め、アルブレア王国総騎士団長という役職にある。
そのグランフォードとはライバルだったジェラルド。
実力は折り紙付きで、サツキとミナトの二人はかなりの苦戦を強いられた。二人がかりでも死の淵を見たほどだ。
昨日、そんな激闘を繰り広げたばかりのジェラルドだが、もうすっかり傷は癒えているらしい。
サツキは『悪魔』メフィストフェレスの手を借り、《賢者ノ石》の力を借り、『神ノ手』ファウスティーノ医師の治療を受けて、ようやく今があるというのに、この騎士はケロッとしている。
まあ、ケロッとしているのはミナトもそうだけど……とサツキは思いながら、改めてジェラルド騎士団長のタフな身体に感心した。
しかしながら、ジェラルド騎士団長はただの敵役ではなかった。
アルブレア王国の姫であるクコとリラを大事に思っていて、二人がアルブレア王国騎士たちによって危険な目に遭っていると知ると、詳しく話も聞いてくれた。
そのため、サツキは戦いのあと、ジェラルド騎士団長について、
――ジェラルド騎士団長は信頼していい。クコとリラには少しでも早く会わせてやりたい。それがジェラルド騎士団長のためにも、クコやリラのためにも、アルブレア王国のためにもなる。
そう思ったのだった。
ただ、そのときはまだマノーラの街が混乱しており、ジェラルド騎士団長も負傷していて会わせてあげられなかったのだが。
まさか、こんなに早く復活して向こうから会いに来てくれるとは思わなかった。たったの一日しか経っていないのだ。早くてサツキたちがシャルーヌ王国の首都・リパルテに留まっているタイミングか、順当にいけばサツキたちが公開実験後にアルブレア王国に上陸したあとだと考えていた。
――俺とミナトを相手に戦ったあと、ミナトが《魔力菓子》を差し出したときにも断られた。士衛組の戦いがまだ終わってないのに自分だけいただくことはできないと。魔力の回復さえ拒んだほどの人なのに……いや、それほどの人だから、こんなに復活が早いのか。すごい人だ。
昨日。
戦闘後。
ジェラルド騎士団長はこう言っていた。
「グランフォードのこと、いろいろと教えておきたい。だが、それはまたあとでだ。まずは、サヴェッリ・ファミリーについて話しておく」
他にも。
「そもそも、我々アルブレア王国騎士団は、サヴェッリ・ファミリーとのつながりを橋渡し役に任せていた。正確に言えば、このマノーラにおける通信士がその者だった。我はその橋渡し役・常子澄に言われて士衛組から王女姉妹を守ることにしたわけだ」
と言っていた。
「常子澄……どこかで……」
あのとき、サツキはその名前を思い出せなかった。
今日はこのあたりのことについて、クコとリラを交えて話してくれるということだろう。
ジェラルド騎士団長は、ロマンスジーノ城における夕食の席で、さっそくクコとリラを見つけると、大仰に片膝をついて頭を下げた。
「お久しぶりです。クコ王女、リラ王女」




