113 『トラベルイストリア』
まさかヴァレンがフィリベールと知り合いだとは思わなかった。
フィリベールはシャルーヌ王国の国王であり、ヴァレンは秘密組織のトップだから、接点はないと勝手に判断していた。
まん丸の目で問うたヒナに、ヴァレンは優雅にウインクした。
「ンフ。一応ね。こういう稼業だと、変なお友だちが多いのよ」
「へえ。フィリベールってのは変なヤツなのか」
納得するバンジョーである。
玄内はやれやれと息をつき、
「そういう意味じゃねえよ。接点ができそうにない人間とも不思議と知り合いになっちまうってことだ」
「よくわかんねえけど、さすが先生だぜ。じゃあ、フィリベールは変なヤツじゃないってことか」
「例え変なヤツでも、おまえにだけは言われたくないだろうぜ」
いちいちバンジョーの発言に返答している玄内を楽しそうに流し見て、ヴァレンはサツキとヒナに向き直った。
「サツキちゃん、ヒナちゃん。そうと決まれば、早めにシャルーヌ王国に旅立つのがいいと思うわ。公開実験の場所を確認して、場合によってはさっさと装置もつくっちゃいなさい。それをつくるのさえ妨害される可能性もあるしね」
「そうですね」
「確かに」
と、サツキとヒナがうなずく。
レオーネがヴァレンに聞いた。
「シャルーヌ王国へはだれかお供でもつけさせますか?」
「ンー、そうね。士衛組のみんなは強いし賢いし、お供ならシャルーヌ王国の首都リパルテまでの地理がわかる子がいいわ」
「わかりました。では準備させます」
「大丈夫ですよ。お供の方はいなくても」
サツキがそう告げると、レオーネは微笑した。
「そうかい?」
「お急ぎでしたら、ワタクシが《出没自在》でお送りいたしますが」
ルーチェが申し出る。レオーネの妹であり、ヴァレンの秘書でありメイドでもある。そして、『ヴァレンの羽』と称される。そのゆえんが《出没自在》であり、一度行った場所に行くことができる魔法なのだ。
「急ぐ必要はないけど、それならだいぶ余裕ができるわね」
ヴァレンもそう言ってくれたが、サツキは考えながら答えた。
「いいえ。ありがたいお話ですが、今回は途中まで列車に乗って、そのあとは馬車で行きたいと思っています」
「そうでしたか」とルーチェ。
列車はイストリア王国内の主要な都市をつないでくれる。しかし、シャルーヌ王国のリパルテまで一本で行くことはできない。シャルーヌ王国には馬車で入ることなる。
「『水の都』ヴェリアーノや『古典芸術の都』フィオルナーレ、『ファッションの都』メディオラーノにも立ち寄りたいと思っているので」
「そんなに、寄るんですか?」
ナズナがサツキを見上げる。あんまりのんびりしていて良いのかと心配そうな表情を浮かべている。
「先生と話していたんだ。メディオラーノはファッション以外にもオペラが有名で、『ミノーラ座』でオペラを観劇したらナズナの刺激になると思ってさ」
「オペラ、見てみたい、です」
「うむ。きっと、良い経験になる」
「は、はい。楽しみ、です」
なにより、良い思い出になってくれたらそれが一番だ。ナズナが音に関する魔法を使えるからオペラ鑑賞をしたいのもあるが、見ればすぐになにかが変わるというものでもない。いつかなにかのきっかけになればラッキーというものである。
サツキはリラに視線を移して、
「また、フィオルナーレは『古典芸術の都』だ。古典を復興しようとした運動が行われた『美芸復興期』に、新たな洗練された芸術作品が生まれた街だから、リラに絵を見てもらいたいと思ってる」
「まあ! ステキです」
リラが胸の前で手を合わせて笑顔を咲かせる。
「リラとはまた絵を見たいと思ってたしな」
「はい、リラもです。今からワクワクですね」
「それに、フィオルナーレはオペラ発祥の地だったと思う。そこでもオペラを見ておきたいな」
「はい」
と、ナズナがうなずいた。
サツキはヒナに向き直った。
「『水の都』ヴェリアーノとか、俺がこの目でいろんな場所を見てみたいのもあって、先生とその予定で行こうと話したんだ。急ぎたい気持ちもわかるけど、付き合ってくれないか」
「それぞれの街で一日過ごす程度なら問題ないだろう。おれがついてるから心配は無用だ」
師である玄内に念を押されて、ヒナは肩をすくめる。
「わかってます、そこまで急がなくていいことくらい。だからいいですよ。あたしにできることは、シャルーヌ王国に着くまでにもいろいろありますから」
「ああ。その意気だ」
玄内がニヤリとして、ヒナもフフンと笑って胸をそらしてみせた。