110 『メイクプリパレーション』
ディオンとナゼルの姿が完全に見えなくなると、ヒナがサツキに言った。
「ねえ、サツキが言ってた『少なくとも今日の裁判を負けさせるつもりはない』ってセリフ。あれって、負ける確率が高いと思って実験の場をもらうつもりだったってこと?」
「今朝、裁判の前に言ってたこと。覚えてたのか」
「当たり前でしょ。言い回しが引っかかったのよ」
「うむ。実験をしてみせればわかってもらえると思ってた。そのチャンスはもらえると思ってた。だが、甘かった。ディオン大臣が来なかったら、打ち切られてた」
サツキは視線を下げる。
その様子を見て、玄内は思う。
――なるほどな。やはりサツキは裁判中、《波動》を無意識に使ってたわけだ。相手の声も打ち消す《波動》。それは、相手の声を周波数として感知してその逆位相を発さないといけない。そんな高度な洞察を感覚でしていた。しかも、無意識に……さすがにこいつの成長は並々ならぬものがあるぜ。
玄内はサツキの潜在能力と才能の開花に目を瞠る。このイストリア王国に着いてからの成長速度は、おそらくレオーネの《発掘魔鎚》の効果が大きいだろう。
しかし、サツキの成長速度はただ与えられたものだけではなく、自身の努力による芽吹きがあってこそだ。
――さっそく今日から、サツキには相手の周波数を意図的に読み取る修業と、その逆位相を発する修行をさせるか。
士衛組弐番隊隊長であり、士衛組の御意見番であり、士衛組の先生である玄内は、サツキの指導計画を立て始めていた。
ヒナはサツキの顔を見て、
「なに暗い顔になってるのよ。結果オーライでしょ」
「そうですよ、サツキ様。ここでの経験は、次に生かせばいいんです」
クコに励まされて、サツキはぽつりとつぶやく。
「次……」
そして、サツキは考える。
――そうだ。今回、俺は宗教側が仕掛けるであろう裁判官たちへの調略を見越して、そこから過半数を守ることを考えた。実際、調略を受けるどころか、宗教側の人間がそのまま二人も裁判官に任命された。俺たちが守った二人についても、ただ調略させないようにしただけ。でも、それじゃ足りない。それじゃ甘い。
サツキの考えはもっと先に伸びる。
――これから、俺たち士衛組はアルブレア王国で大きな戦いをしなければならない。アルブレア王国騎士たちを二分化しての決戦をすることになる。そのとき、今回みたいなやり方じゃ話にならない。ちゃんと調略して味方につけて、ブロッキニオ大臣の勢力と水面下での戦いをする必要がある。だったら、次の公開実験に参加する裁判官がだれになるかも調べ、彼らを調略する……それがアルブレア王国での決戦につながる。
いずれやらなければならないアルブレア王国での決戦。
それは簡単に宣戦布告してブロッキニオ大臣と戦うだけのシンプルなものになどできない。
幽閉された国王と王妃。
二人を擁して、かつ二人の名を借りて、現在国政を牛耳っているブロッキニオ大臣。
それに対して、まだ内側にも対抗勢力がある。大臣たちも一枚岩ではない。アルブレア王国の各地でそれぞれ治政を任されたアルブレア王国騎士たちもいる。
彼らをどれだけ味方につけるか。
それこそ調略戦になってくる。
国を二つに割るほどの決戦をする必要があると考えているのは、この段階ではまだサツキと玄内の他に、ブロッキニオ大臣くらいしかいないだろう。
だから、今はまだ、アルブレア王国の中では大きな戦いが起こる気運もない。
ゆえに、今からそのための活動をすることは大事になってくるのだ。
――裁判官への調略活動をすることを教訓にして、アルブレア王国での調略戦への布石とする。そして当然、公開実験は成功させて地動説を認めさせる!
サツキは顔を上げて、クコとヒナを見た。
「やることは多いぞ」
「はい!」
元気に返事をするクコ。
ヒナは苦笑した。
「もう、すぐやる気満々になって。でも、そうじゃないとね。サツキ」




