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105 『キャントムーブ』

「貴様、邪魔をするのか! どういうつもりだ!」


 フェルディナンド教授がサツキに怒鳴る。

 サツキはフェルディナンド教授を一瞥しただけで、裁判長に向き直って冷静に言った。


「その判決、少し待ってください」


 裁判長は困惑顔で尋ねた。


「待つ、とは?」


 聴衆が介入していい場面ではないのに、裁判長は自分の声が消されてしまったという想定外なことに混乱している。だからサツキに聞いてしまったのだが、これを許せない者がいる。

 フェルディナンド教授は勢い込んで、


「マナーのなってない……」


 と言ったところで、その言葉は途切れた。

 サツキは声を発した。それを同時にフェルディナンド教授の声が聞こえなくなったのである。


「だったらその資料が正しいと、証明してみせましょう。そして浮橋教授が言った、慣性の法則も。それでもおわかりにならないなら、万有引力についても理解してもらえれば、論理的に地動説の正しさを認めざるを得ないでしょう」


 サツキが滔々と述べる間、フェルディナンド教授はずっと口をぱくぱくさせるばかりでなにも声にならなかった。

 自分の声が出ていないことに気づくと、机を叩いた。

 だが、それすらもだれも気に留めない。

 みんながサツキに集中している。

 これもサツキがしゃべっている間、サツキの声がフェルディナンド教授の声の波長を打ち消す《波動》を発していたからである。

 その上、サツキの声は強い引力を持った響きで法廷を支配している。みんな、サツキしか見ていなかった。

 裁判長がおずおずと尋ねた。


「あの。あなたは……?」

「申し遅れました。士衛組局長、(しろ)()(さつき)です。我々士衛組が地動説の正しさをすべて説明してみせます」


 審問官がすかさず口を挟む。


「これはこれは。士衛組のみなさん。浮橋教授の娘、ヒナさんが所属する組織だとか。アルブレア王国など、各所で悪い噂も聞く組織だとうかがっていますが、そんなみなさんが首を突っ込むのは許されませんよ。これは浮橋教授の裁判なのですからねえ。さあ! 裁判長、判決をっ!」


 場の空気を奪い返すために発せられた大きくて鋭い声に促され、裁判長は思わず木槌を持ち上げた。

 だが、サツキが割って入ってきたことで、決断が鈍り、どちらにすべきかの迷いがあった。

 それでも、裁判長は決心した目になった。

 木槌を振り下ろそうと手に力が入った。

 サツキの《()(いろ)()(がん)》は、その筋肉の動きを見極めた。筋肉の収縮から、終了の合図が出されることがわかってしまった。


 ――まだだ! 時間を稼がないと! あの木槌が音を鳴らせば、終わってしまう!


 なんでもいい。

 木槌を振り落としてはならない。

 その音が鳴れば、裁判は終わってしまう。

 おそらく、裁判長は審問官に促されるまま浮橋教授の地動説を否定する。

 ここまで来るために、ヒナはたった一人で毎晩空を見上げデータを集め研究をして、地動説の正しさを証明しようとして旅してきた。辛く苦しいことも耐え、めげずに頑張り、命を狙われることさえあっても、諦めなかった。

 そんなヒナをどうしても救いたい。ふと、先日このマノーラにきて、ヒナと星屑ノ鏡と呼ばれる泉で願い事をしたことが思い出される。

 なにか言わないと。

 でも、なにを言えばいい?

 わからないまま、考える前に出てきた言葉は、


「実験を!」


 サツキの声が響く。


 ――間に合わないっ!


 裁判長の手はグッと力を込めて、木槌を振り落とす動きになった。


「実験をさせてください!」




 間に合わなかった。

 そのはずだった。

 木槌を振り落とすのと同じタイミングで言い始めたのだから。

 しかし……。

 予想外なことが起こった。

 サツキの目は丸くなる。

 完全に、間に合わないと思ったのに、サツキの声は間に合った。木槌が振り落とされる前に、サツキの声が裁判長に届いたのである。

 木槌はまだ空中にある。

 ただ、裁判長は眉間にしわを寄せ、木槌を振り落とそうともがいている。サツキの声に耳を貸してくれたようには見えない。


 ――どういうことだ? 俺の声を聞いてくれたわけじゃない。じゃあ、なぜ動きを止めた……?


 頭に疑問符が浮かんでいるのはサツキだけではなかった。裁判官もまた、なにが起こったのかわからないという様子で顔をゆがめている。


「んっ! ぐ! な、なんだ? 身体が、動かない」


 士衛組や裁判官たち、審問官や聴衆が不可解な目で裁判長を見ては、サツキと見比べる。サツキがなにかしたと思ったのだろう。

 だが、サツキにはなにが起こったのかわからなかったし、次に響く声はサツキのものでもなかった。

 よく通る低い声が、法廷に響き渡った。


「よろしいですかな」

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