102 『オーセンティシティ』
地球は自転している。
それを証明するために、振り子による実験が行われたことを、サツキは知っていた。
天動説であれば、固定された地球の周囲を太陽や月や他の星々が回っていることになるが、地動説では地球は自転しながら太陽を中心にその周囲を回ることになる。つまり、ただ回るだけじゃない。自転をするのだ。
ではなぜ、証明のために振り子が使われるのか。
「大きな振り子を動かすと、緯度によってその動きが異なります。娘は、ソクラナ共和国、タルサ共和国、そしてこのマノーラで実験をしました。これによって、その緯度と一致したのです。そのデータがこちらです」
振り子が描いた軌跡を、絵と写真という形で残していた。写真はこの世界ではあまり多くはないが、たくさん存在もしている。アキとエミのようにカメラを持っている人がかなり少なく、手軽ではないだけで、玄内なら用意するのは造作もなかった。
さすがに写真での証拠もあり、裁判官たちはうなる。
宗教側についていない二人については、もう完全に納得した様子だった。
彼ら二人の裁判官は輝かしい新たな歴史の立会人になれることを、内心ではすでに期待している。元々、裁判官として呼ばれるほどの見識の持ち主でもあるため、科学の進歩は彼らの希望でもある。
しかし、残る三人はそうではなかった。
宗教側の調略を受けている。さらに、アルブレア王国のブロッキニオ大臣派からの調略まで受けていた。
そうなると。
自分たちの利権を脅かす可能性のある新たな常識の登場は阻止したい。それに加えて、士衛組が支持する地動説を否定して、士衛組の評判ごと地に落としたい。それによって、ブロッキニオ大臣派からの金銭を受け取り、もっと私腹を肥やしたい。
だから当然反論する。
反対意見として、
「このデータだって改ざんかもしれないじゃないか。被告人の出した資料には、すべて改ざんの余地がある。魔法を使えば、写真を捏造することもできますよね? そうではありませんか」
とフェルディナンド教授が呼びかける。
「改ざんも無理ではないか……確かに、言う通り。娘といっても子供、しかもその仲間とやらは晴和王国の人間たち。信頼できるかと言われれば……。それに。かの有名な『魔法学の大家』もいるとか。魔法でなんでもできてしまう人が科学に関わっても、科学としての信用性にはつながりませんからなあ」
エドアルディ博士は公平ぶったように賛意を示す。資料に欠陥があることが残念だと言わんばかりの表情だ。
しかし、裁判長は眉根を寄せている。
「そうだろうか。実際、これまでの浮橋教授の話を総合すると論理に隙がない。認めてもよいほど、理屈は通っている。だが、確かに理屈は正しいとしても、資料はやや不足しているし、資料の正しさの証明も危ういか……うーむ」
現状、裁判長が揺れているため、裁判官たちの意見は二対二。
合議制である以上、あとは裁判官の判断によって結果が変わる。
自己保身をするならどちらが本当に自身の身を守れるのか、そう考えても簡単に結論を出せない状況とも捉えられるし、本当に正しさを追究して悩んでいるようにも見える。
彼だけは士衛組も『ASTRA』も接触できなかったために、どんな思想を持った人なのかがわからない。
だが、もっとも大事なことは、これが宗教裁判であるという点である。
「サツキ……」
ヒナが不安げな眼差しでサツキを見た。
そして、審問官が言った。
「両者、これ以上の証拠はありませんか」




