100 『サテライトプリンシプル』
地動説の正しさを問われた浮橋教授。
やっと話せる機会がきた。
「ありがとうございます。では、順番に説明しましょう。まず、私が地動説を考えることになったきっかけから。これは、金星の満ち欠けを不思議に思ったことです。月は、地球のまわりを回っています。だから太陽の当たる部分と当たらない部分ができて、それが満ち欠けになります。では、金星はどうでしょう。金星は、ただ満ち欠けするだけではありません。見える大きさも変わります」
「ふうむ。それが意味するところとは?」
裁判官の一人に問われて、浮橋教授は言った。
「ご存知のように、金星は明け方か夕方にしか見えません。太陽と地球、金星。この三つの星の位置関係を、論理的な破綻もなく説明するには、地球も金星も、太陽のまわりを回っていなければなりませんでした。それが唯一、満ち欠けの謎を正確に表現できる方法なのです」
「なるほど」
晴和王国の宗教についても理解があった裁判官だけに、素直に納得してくれた。
だが。
「異議あり!」
フェルディナンド教授が遮った。
サツキにも、この学者が宗教側に呼ばれた人物であることはもうわかっている。彼は絶対に浮橋教授の論を認めるつもりはない様子だった。
「発言を認めます」
審問官が冷静にそう言うと、フェルディナンド教授は堂々と胸を張り、
「先ほどのワタクシの言葉をお忘れですか。もし地動説が正しいと言うのなら、月だけがどうして地球のまわりを回っていられましょうか。先程も答えられていませんでしたよね? ほかの星にはない現象ですよね?」
サツキの隣にいるヒナが、
「あんたが遮ったせいで答えられなかったんじゃないっ!」
と苛立ったようにつぶやく。
が。
浮橋教授は冷静だった。
「被告人、これについて説明できますか」
聞かれても、浮橋教授は論理的に解説した。
「今現在、木星にも衛星が見つかっています。私がつい先日発見したので、まだ知らない方も多いでしょう。もし懐疑的に思うのでしたら、このあと確認するとよいでしょう」
「そんな馬鹿な……!?」
フェルディナンド教授は悔しそうに歯がみした。
「木星の衛星は、四つ発見できました。地球や木星などの惑星には、衛星が存在する場合があるのです」
「それは、地球が例外でなかったという話だ! 地球がまわっていたら、その回転の勢いのせいで鳥はまともに飛べない! 投げた石も普通には飛ばない!」
この反証にも、浮橋教授は端然と解説する。
「これらは慣性という性質によって説明がつきます。たとえば、船に乗っている場合を考えてください。船上で真上に飛んだら、着地するとき、その着地点が後ろになるでしょうか。これがならないのです」
「なるほど」
と二人の裁判官がうなずき合っている。
これがいわゆる慣性の法則で、止まっているものは静止し続け、動いているものは同じ力で動き続けようとする。要するに、動いているものに外部から力を加えて止めようとしない限りは、等速運動を続ける。
サツキは学校でこれを習ったわけではないが、一般論として一応は知っていた。
だが、フェルディナンド教授以外にもエドアルディ博士と裁判長は無言を貫いた。納得を示す気はないらしい。
フェルディナンド教授は鼻を鳴らす。
「それは、実験をして確認する必要があるかと。まだこのような理論は存在していませんからな」
負け惜しみにも聞こえるが、まだ慣性の法則が一般化されていないこの世界では、仕方のないことかもしれない。
「では、年周視差は?」
と、エドアルディ博士が追撃するように問う。
これは鋭い質問だった。




