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98 『トライアルビギン』

 裁判は面倒くさいほど堅苦しく進んだ。

 審問官が天動説の正当性を主張し、それを吟味するように裁判官がしきりとうなずいている。

 審問官の意見というのは、サツキには理解しがたいものだった。


「神がつくったこの星は、世界の中心なのです。我々をつくりたもうた神の存在を尊んでいれば、地動説などという発想がまず出ません。なぜなら、神こそがこの宇宙さえ作り出した存在だからです」


 であるとか、


「今の天動説になんの問題がありましょう。天動説によって予測される天体の動きは極めて正確です。誤差などだれが気にするでしょう。たとえあっても大したものではありません。我々の祖先が科学と魔法を駆使して何百年、何千年とかけてこの正しさは知識とされてきました。神の教えは一般常識であり、代え難い知恵であり、知識なのです。仮にわずかな誤差があったとしても、そんなものは我々の生活になんの害もない。すべてにおいて完璧なものはないのです」


 など、理屈的にも厳しいものもある。

 裁判官の一人が口を開いた。


「月はほかの星と同じように、地球を回っているのです。もし地動説を唱えるならば、これが衛星ということになる。だったら、月はどこかへふっとんでしまう。どのような力で地球が衛星を持つのか、証拠もないのに怪しいですな」


 ヒナはそれを言った裁判官を見て、怒りを爆発させそうになっていた。

 彼ら裁判官の席には、名札が置かれている。

 名前は、比良荷増獲手納度ビラーニ・フェルディナンド

 かつて。

 新聞記事で、父を散々非難した学者だった。

 一つには。


『フェルディナンド教授は宗教を根底からひっくり返す浮橋教授の学説に、これまで培われてきた調和の乱れや宗教がゆがめられることによって起こる人権問題などに警鐘を鳴らしている』


 として。

 次には。


『フェルディナンド教授は語る。人々が信仰する宗教には、信仰されるだけの理由がある。それはきっと平和を願う心や幸せを願う心の体系化であり、人々の愛が形になったものだ。それを冒涜することは、許されないのではないか。人々の愛を否定する行為ではないのか。そうした意味で、宗教を非難するために唱えられた地動説は、科学ではない。学問ですらない。悪魔に取り憑かれた思想と言えるかもしれない。私も浮橋教授を知っているが、以前はそこまで極端な人ではなかったように思う。彼には晴和王国という故郷から持ち込みたい思想でもあるのだろうか』


 など。

 論点をずらして、その後も幾度となく誹謗中傷してきた。

 記事を読んだときは、ヒナは悔しさともどかしさと悲しさで涙が出そうになった。

 横で記事を読んでいた人たちが、


「悪魔に取り憑かれた学者とかこわーい」

「宗教を非難するために学説を唱えるとか、普通じゃないよな。それに、晴和王国の思想ってなんだよ。やめてくれよ」


 とか、父や自分のふるさとについてまで印象操作されているのを見て辛かったのを覚えている。忘れられるわけがない。

 しかし。

 今、この場で浮橋教授は手を挙げて言った。

 同じ場所にいるからこそ。

 面と向かって、反論することができる。


「地球には、物体を中心へと引っ張る力があるのです。これを……」

「待ってください」


 浮橋教授が話し始めたところで、フェルディナンド教授が止めた。


「どうされましたか?」


 審問官に問われる。


「地球の持つ力については様々あることでしょうが、今大事なのは、神との対話ではないでしょうか。罰当たりなことに、神の教えを否定する発言を浮橋教授はなさっている。その前に、神と対話し、愛を持ってそれを真実だと言えるでしょうか。ぜひとも一度、自分の胸に問い返していただきたい。そして、晴和王国の宗教についても話してくださいませんか」

「確かに、そうすれば、晴和王国の考え方や思想が地動説に紛れているか我々も確認できます。先に確認すべきことでした。申し訳ありません」


 フェルディナンド教授のおかしな論点ずらしと解答の遮りを、あたかも正しい言い分のように受ける審問官。

 ヒナはくちびるを噛みしめた。

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