96 『フェイスアップ』
サツキはいつものように、クコに起こされた。
「おはようございます、サツキ様。朝ですよ」
「……う、うむ」
目を開けると、そこには笑顔のクコがいる。
「おはよう。クコ」
「はい、おはようございます」
「起こしてくれてありがとう」
「昨夜はよく眠れましたか?」
「いろいろ考えてしまったんだ。でも、あとはやるだけだからな」
そう言うと、パチッと目が開き、サツキはハッキリした声で言った。
「頑張るぞ」
「その意気です」
結局、サツキは昨夜あまり眠れなかった。
それでどうにかなるほど、問題は個人的なことでもないし、感情によって変えられるものでもない。
しかし眠れなかった。
ヒナの苦悩と旅路が想像されて仕方なかった。
やっと眠れたのが深夜の二時であり、度重なる戦闘での疲労がなければ本当に寝つけなかっただろう。
一応、戦いの傷や疲労もある程度は癒えている。闇医者のファウスティーノや悪魔・メフィストフェレスのおかげだ。
支度を済ませてロマンスジーノ城を出たのが八時半。
士衛組の十人は、『ASTRA』のリディオとラファエルの二人と共に裁判所に向かった。『ASTRA』の他のメンバーは別の仕事があって参加できないということだった。
浮橋教授は弁護人と共に先に家を出ているらしい。
だから、浮橋教授との合流は裁判所になる。
裁判所が見えたところで、ヒナは足を止めた。
「サツキ、なにかできることないかな?」
「なに始まる前から沈んだ顔してるんだ」
いざ裁判所が視界に入ると、足がすくんでしまったのだろうか。それともただ急に不安になっただけか。
「そんな顔はしてないよ」
「自信ないのか?」
「だって、これっていくら正論を言ってもダメかもしれないじゃない。宗教裁判なわけだし……」
「あとはやるしかないだろう」
「そうだけどさ」
「少なくとも俺は、今日の裁判を負けさせるつもりはない」
「サツキ……?」
いつもクールでふてぶてしく自信ありげな顔をしているくせに、サツキの言葉は常に論理的でなんとなく慎重に選ばれている。ヒナは感覚でそれがわかっているから、ここで、
「勝つ」
ではなく、
「負けさせるつもりはない」
と言ったことが、なんとなく引っかかる。
――負けさせるつもりはない? 勝つ、じゃなく? どういうこと……?
負けはしないが、勝てるわけじゃない。
そうとも聞こえてしまうではないか。
ヒナがうまく言葉にできないながらも質問しようとしたとき。
ミナトが横から言った。
「ああ、見えた。あそこで裁判かァ」
「む」
とヒナがミナトをジト目で見て、
「ねえ、ミナト。あんた緊張感ってものがないの?」
「あるさ。どうも緊張が顔に出ないたちらしい。今もサツキが僕の代わりに仏頂面をしてくれてる」
「もともとでしょ? むしろ今はあんたのふぬけた顔が問題よ」
「みんな同じ顔をすることァない。僕はサツキとヒナが同じ顔してるから、笑顔でもつくろうか迷っていたところだぜ」
サツキは呆れたようなじっとりした目をすると、小さくため息をついた。
「おい。ふざけている場合か」
「いやだなァ、アキさんやエミさんみたいな笑顔のほうが福を呼び込めるってもんじゃないか」
「そうだぜ、サツキ! 笑顔のが景気がいいじゃねえか、な!」
「ですねっ!」
ミナトに続けて、バンジョーとクコもそんなことを言って笑っている。当のミナトは微笑のみだが、そんな三人に看過されたのか、リラとナズナとチナミの参番隊まで同意した。
「ふふ。ヒナさん? そんなお顔でお父様に会うつもりですか?」
「ヒナちゃん、笑って」
「笑う門には福来たる、です」
と、チナミがヒナの手を握ってくれた。
「チナミちゃん……ありがとう」
玄内も腕組みして、
「だな。笑えよ、ヒナ」
「あ、あはは」
ぎこちない笑顔をつくるヒナを見て、サツキの表情が和らいだ。
「確かに、そっちの顔のほうがいい」
「サツキ!? も、もうっ。あたしはもっと可愛い笑顔できるんだから」
「できるならしなさいよ」
「ルカぁ、あんたねえ」
裁判前だからといって労る気のないルカのいつもの物言いに、ヒナもいつもの調子が戻ってくる。
その様子を見て、リディオも楽しそうに笑った。
「やっぱり愉快な人たちだな、士衛組は」
「これから裁判で戦うようには見えないくらいにね。しかも、世紀の裁判だっていうのに」
ラファエルが肩をすくめると、ミナトがこれにうなずいた。
「だねえ。でも、それでこそ士衛組だ」
「だな。ヒナ、お父さんに会う笑顔はできたか?」
聞かれて、ヒナはサツキに明るい笑顔を向ける。
「うん。笑顔になったし、行くわよ」