94 『ジャッジメントデイ』
九月十二日。
地動説を唱える浮橋教授の裁判が行われる日。
ヒナは日の出と共に目を覚ました。
「良い朝」
目覚めは良い。
――昨日、サツキと夜遅くまでしゃべっちゃったけど、思ったより調子も良く起きられた。
ベッドから起き出して、ヒナはカーテンを開けて両手で窓を押した。
パカーッと左右に開くと、黄色い朝陽が差し込む。
温かい朝陽を浴びて、拳を握った両手を挙げた。
「よーし! 頑張るぞー」
ふと、下から視線を感じる。
そちらへ目を向けると、クコが庭で剣術の修行をしていたようで、ヒナを見上げていた。笑顔で挨拶してくれる。
「おはようございます、ヒナさん。さわやかな朝ですね」
「お、おはよう。クコ、あんた相変わらず朝早いわね」
「はい! 朝から元気です」
胸の前で拳をつくり、やる気満々の顔をしている。
クコはいつも早起きなのだ。しかも、朝からランニングをしてきたり、剣術の修行もしていたりと、アクティブなのである。
ヒナは窓を開け放したまま、着替えて、頭にうさぎ耳のカチューシャをつける。このカチューシャがないと、ヒナの魔法《兎ノ耳》は発動しないのだ。
階段を下りて、外に出た。
庭では、クコが再び剣術の修行に打ち込んでいた。
そこにヒナがやってきたことに気づくと、
「ヒナさんも修行ですか?」
と聞いた。
「改めてさ。あんたがいないとサツキはこの世界に来なかったんだなって思って、お礼を言う気になったのよ。ありがとう」
一瞬、クコがぽかんとした。
「な、なによ。あたしがお礼を言うのがめずらしいってわけ?」
クコは慌てて首を横に振って手のひらをこちらに向けた。
「い、いえ。違います。ちょっと、予想外なことを言われたので言葉が出てきませんでした」
「予想外、ねえ」
ヒナのジト目にも、クコはにこにこ笑って、
「ふふ。ヒナさんは日頃からサツキ様に感謝していますが、素直に口にしないでしょう? それがわたしにまでサツキ様のことでお礼を言うのが意外だったんです」
「なっ」
ちょっと照れてヒナが顔を赤くしたところに、クコは畳みかけるようにして聞いた。
「サツキ様にはちゃんとお礼を言いましたか?」
「そ、それは……あとで、裁判が終わったら……ごにょごにょ」
しどろもどろに顔を赤らめて答えるヒナの後ろから、今度はアキとエミが言った。
「もちろんお礼は言ってるよ」
「ねっ」
「うわあっ!」
なぜか、《兎ノ耳》を持つヒナでもアキとエミの存在には気づけないことがたびたびある。ヒナがなにか考えて周囲の音を聞いていないときなど、意表を突く二人なのだ。
びっくりして転びそうになって、ヒナはアキとエミの顔を見る。
「き、昨日の話、聞いてないわよね?」
しかしヒナの声が小さかったからか、アキは構わずしゃべる。
「ヒナちゃんは前もお礼を言うために王都に行ったんだよ」
「感謝の心を持ったヒナちゃんがまだ言ってないわけないよね」
「王都? なんのお話ですか?」
クコが疑問を呈すると、エミが教えてくれる。
「うさぎの柄の筒を作った人に、お礼を言うためにね、ヒナちゃんは王都に行ったんだ」
「そういえば、王都では会えたの?」
アキに聞かれて、ヒナは答えた。
「王都では会えなかったけど、浦浜で」
「そっか、よかったね」
「サツキくんには、何回でもお礼を言わないとだよね。アタシとアキはちょっと出かけてくるけど、サツキくんがどんな笑顔になったかあとで教えてよ」
「それじゃあ、ボクたちは行くから。ちゃんと伝わるように、《ブイサイン》」
「そしてヒナちゃんも笑顔になれるように、《ピースサイン》」
アキとエミは人差し指と中指を立て、ブイサインともピースサインとも呼ばれるポーズをした。
「おまけに《打出ノ小槌》だよ。いいことあるよ」
エミはそう言って、どこからか取り出した小槌をヒナに向けてひと振りした。
「いってきまーす!」
「ごきげんよーう!」
あっという間に、二人は軽やかなステップで出かけてゆく。
クコが「いってらっしゃい」と手を振った。




