93 『プリビアスナイト』
ヒナは星空を見つめていた視線を下げ、ロマンスジーノ城からの眺めに目を移す。
「どれも懐かしい。もうずっと前のことみたい。でも、昨日のことみたい」
「なんだかわかるよ。俺も、この世界に来てからのことは全部そんな感じだ」
この異世界を、サツキは不思議な目で見ている。またそれ以上に、この異世界は、サツキの目には言葉では言い表せない面白い世界に映っていた。
「士衛組のみんなや、出会った人たちのおかげだな」
「うん」
こくんとうなずき、ヒナは隣のサツキを見やる。
「なんだか、遅くなっちゃったね。ごめんね」
「いや。眠れなかったからいいさ」
「明日は早いんだし、もう寝たほうがいいよ。あたしの長話聞いて、ちょっとは眠くなった?」
「なるわけないだろ」
と、サツキは小さく笑った。
ヒナが苦笑を浮かべて、
「だ、だよねえ。でも、ここにいると冷えるよ」
「そうだな。部屋に戻るか」
屋上から屋内に入って。
廊下を歩き。
部屋の前まで来た。
「それじゃあ、サツキ。また明日」
「うむ。明日、勝てるといいな」
ヒナは笑顔で「うん」と答えて、部屋に入った。
ドアを閉めて、ドアに背を預ける。
「ここまで、サツキとあんなに頑張ってきたんだもん。勝てるといいな。ううん、絶対勝つんだ」
サツキも部屋に入った。
ベッドに横になる。
今までいっしょに旅をしてきて、初めてヒナの過去をちゃんと聞いた。そのどれもが印象に残って、サツキは眠れなかった。
――ヒナは、そんな旅をしてきたんだな……。俺がなんとかしてやりたいけど、裁判がどうなるのかはやってみないとわからない。
宗教裁判。
だから、簡単に勝てるものじゃない。
いくら論理をそろえて挑んでも、おかしな角度からの追及や非難だってあるだろうし、結果はすでに裏で取り決められて決まっている。
それを、当日の浮橋教授の言葉と、これまで集めてきた証拠でひっくり返せるかどうか。
――裁判官は買収されている。五人のうち三人はそうだった。しかもそのうち一人は裁判長。それはフウサイが調べてくれてわかっている。でも、残り二人には宗教側の手が回らないよう、こちらから裏で防衛網を張っておいた。さらに、すでに買収されている三人についても『ASTRA』の協力を得て働きかけている。
これらの裏側を、ヒナは知らない。
ヒナには報せていなかった。
サツキが玄内とルカとフウサイの三人と内密に調査し、秘密裏に動いてきたことだ。
だが、まだ買収された裁判官三人を切り崩せたわけじゃない。
裁判長に至っては、『ASTRA』の力を借りても接触できなかった。
基本が裁判官五人の多数決、つまり合議制であり、それによって裁判長が最終決定をする。裁判官は一般市民が選定されることもあって、特にテーマの知識に通じた人を呼ぶそうだ。サツキの世界とはルールが異なるかもしれない。今回の場合、二人の知識人が宗教側からの推薦によって選ばれているのだが、彼ら二人は地動説を反対するだろうし、残る裁判長には接触できていないのだから、今のままでは勝てるか怪しい。
――ヒナの話から考えると、根はだいぶ深い。このまま挑んで、勝てるだろうか……。
常に『ASTRA』はなんらかの行動をしてくれているらしいけれど、風向きが変わったというところまでいかない。そのまま裁判をもう明日に控えている。
――こうなったら、もしもの場合……。




