91 『コンサーンメモリーズ』
今まで、宗教側に追われる身のヒナだから、チナミを巻き込まないよう、どんなときも細心の注意を払ってきた。
『王都』でサツキと出くわした際にも、
「そ。ちょうど近くに来たからね。ちな……ちなみに! あんたには関係のない話よ」
とチナミの名前を出しそうになったものだが。
ようやく、ヒナはなにも気兼ねすることなく、大好きな友だちとしゃべれるようになったのだ。
だが、実はサツキはそれにも気づいていた。
――考えてみれば、ヒナと王都で会ったとき、友だちの家に行こうと思ってやめたと言っていた。あれは、チナミの家だったんだ。チナミ、と名前を言いかけて、「ちなみに」と言い直した。たぶん、照れとかじゃない、友人としての配慮があったんだろう。
その手がかりは、サツキが初めてチナミに会った日の会話にもあった。
「キャンプも好きなのか。いい趣味だな」
「星空もきれいに見えます」
「よく見えるのだろうな」
「はい。友だちは星が好きでよく話をしてくれます。おかげで星座もいくつか覚えました」
「俺は星座などまるでわからないから、詳しい人に聞いてみたいものだ」
その詳しい人がヒナであったに違いないとサツキは思ったのだ。
この二人は、互いに気にかけて気遣っていたのではないだろうか。サツキはそう考えた。
――浮橋教授の裁判について、今回日付が決まっただけで、近々行われることは当然チナミも知っていたと考えていい。地動説証明のため、その娘のヒナも動いていることをチナミは知っていた可能性があるのだ。
さっきのカナカイアの顔を思い出し、
――今度の宗教裁判で浮橋教授を裁きたいと思っている人間たちは、ヒナを野放しにしたくはないだろう。カナカイアみたいな者もいる。追われる身というには大げさだが、そんなヒナが動きやすいよう、チナミはヒナのことをできるだけ人に知られたくなかったんじゃないのか?
あくまで想像だが、チナミならそこまで考えていておかしくないように思う。
――それだけ気を回していたのだ、ヒナのことはずっと心配していたろうな。それはヒナも同じで、自分と関わりのある人に危害が及ぶのを恐れていたのかもしれない。
サツキの考え過ぎかもしれないが、だとすれば納得できる気がした。
再会を果たしたチナミがうれしそうに見えた以上に、ほっとしたような顔に思われたのは、ヒナの元気な顔が見られたからだろう。
――よかったな、チナミ。
それだけ心の中で思って、
「二人は知り合いだったんだな」
サツキはなにも知らぬ素振りで言った。
チナミは照れを隠すようにあさっての方向を見ているが、ヒナはチナミに笑顔を向けてお姉さんぶる。
「もちろん。姉妹みたいなもんだね」
「なんだ、姉妹か! よかったな、チナミ。姉ちゃんに会えて」
バンジョーが冷やかすわけでもなく、心からいっしょに喜んでやった。しかし、チナミは恥ずかしそうに否定する。
「ち、違います。私のおじいちゃんとヒナさんのお父さんが学者仲間というだけです」
「初めて会ったときも、お姉ちゃんって言ってくれたんだもんねー」
「そ、そんなこと、言ってません」
「照れなくていいのにー」
にひひ、とヒナは楽しそうに笑いながらチナミのほっぺたをつんつんする。チナミが顔をそむけて照れるのも、妹みたいで可愛い。
チナミは朱色に染まった顔をそむけつつ、
「お父さんのこと……」
とだけつぶやいて、なんて言っていいのか困ったように口を閉ざす。チナミはヒナの父を心配しているらしい。同時に、ヒナ自身のことも心配していたのもわかる。
ヒナは笑顔で答えた。
「うん。大丈夫だよ、あたしが証明してみせるから! サツキと!」
「……はい」
やっと、チナミは表情を和らげた。
ナズナはそんな二人を見て、
――そういえば、ヒナさんっていうやさしくて楽しいお姉さんがいるって、何度か話してくれたな……。
そのときのチナミはちょっと楽しそうだったのに、本人を前にするとつれない態度である。チナミは感情表現が苦手で不器用だから、今も本当は内心で再会を喜んでいるのだろう。
そんなナズナやサツキが見守る中、チナミはぺんぎんの顔の巾着袋から提灯を取り出した。
「ヒナさん。これ」
田留木城下町でお土産にと作った《花提灯》である。
『証明』と書かれている。
「ありがとうチナミちゃん!」
「いいえ。頑張らないといけませんから」
「うん!」
これを見て、サツキは「なるほど」とチナミがその文字を書いた理由がわかり、納得したのだった。