85 『ロジックフラグメント』
「俺のいた世界では、人が月に降り立つんだ。ロケットという乗り物に乗って宇宙空間へ行ける」
「はぁ!?」
ヒナは驚きすぎて、のけぞってから笑った。
「それはさすがに信じられないよ。あははは」
「冗談なものか。月の表面の映像はおもしろかった。隕石が衝突してできたくぼみをクレーターというんだが、これによって月の表面はデコボコしているんだ。地球から見えない反対側はもっとクレーターも多いという。雨や風のない月面には、隕石衝突の痕跡がしっかり残るんだ」
「なにそれ! もっと聞かせて!」
ずいっとヒナはサツキに詰め寄った。
――お父さんが言っていたことと同じ! サツキ、やっぱり普通じゃない!
至近距離にまでヒナが顔が来ていることに、自分でも気づいていなかった。サツキがそれをかわすように、
「あとでな」
と言ったところで、初めて距離感に気づく。少し頬が熱くなる。
「俺のいた世界は、そういったことがわかるくらい、人間は宇宙に近い場所まで来ているんだよ」
だが、夕陽のおかげで顔が赤らんでいてもわからないだろう。
「月に行ったっていうのは、ホントなのね」
「うむ。ロケットはこういう形で……」
またサツキは砂浜に絵を描く。
サツキの興味深い話は、ヒナにいろんなことを知りたいと思わせる知識欲を刺激させる。話題が移ってもなんでも話を聞いていたい。
「そんなので飛ぶの?」
「そのためにたくさんの人たちが作り上げていったものだからな。それなりの論理があるのさ」
「ふーん」
ヒナはこの波打ち際に文字を書き記してみせた。
『論理の欠片をすべて拾い集めれば、必ず結果が形成される』
これを読んでサツキが聞いた。
「これは?」
「あたしのお父さんが残してくれた言葉よ」
「科学者らしい言葉だな」
ヒナはちらとサツキの顔を見て口元だけで笑う。
――サツキだって、さっきカナカイア相手に同じようなこと言ってたじゃん。
カナカイアと戦っているとき、ヒナが周囲の音を聞き取れないと苦戦していたら、
「周りのせいにするところは、父親そっくりだな! 浮橋陽奈!」
と言われた。
「人のせいにしてんのはそっちでしょ!」
「だまれ! 人に罪を押しつけるな!」
「なんなのよ、あんた!」
このとき、ヒナは悔しくても返す言葉がなかったのだが、サツキはこう言っていたのだ。
「ヒナ。世の中には、事実を言っても認めない者もいる。わからない者もいる。わかろうとしない者もいる。逆恨みされることもある。でも、世の中のことはすべて論理的にできているんだ。無数の論理が積み重なって集まって、その形が結果になるんだ。デタラメや間違いが人々の共通認識になる場合にも、そうなった因果がある。デタラメをつなぎ合わせて積み上げた人間たちがいるからだ」
父の言葉が頭に浮かんだ。
だからヒナは鼓動が一瞬止まったような気がした。
こういう論理的な考え方も、地道な姿勢も、嘘がつけないところも、このサツキという少年は父に似ている。
だが、今のヒナはまだそこまで気づていない。
ひたすら父の面影を重ねるだけで、父と同じようなことを言っているサツキがなんだか気になって仕方なくて、サツキともっとしゃべりたかった。
ヒナは話を続ける。
「地動説を証明するために論理の欠片を探すお父さんと同じで、サツキの世界の科学者たちも論理の欠片を集合させてそのロケットを作ったってことよね」
「うむ」
サツキがうなずいたとき、ヒナの書いた言葉に波が打ち寄せた。
「あ、波にさらわれちゃった……」
文字が消える。サツキの描いたロケットも波に流されてしまった。