84 『スターチャット』
「ヒナ。覗いてごらん」
数年前。
まだヒナが幼かった頃。
二人で、天体観測していた。
望遠鏡をヒナに見せながら、父は言った。
「この望遠鏡から、木星が見える」
「うん。見える」
「よく見ると、その周りを回ってる星があるだろう?」
「うん。ある」
「それは、地球の周りを月が回っているのと同じように、木星の周りを回る星があることを示している。だったら、地球や木星だって別の星の周りを回っていても不思議じゃないと思わないか?」
父がうれしそうに微笑んだのを、ヒナはなぜかよく覚えていた。
記憶のフラッシュバックに、ヒナは心が震えた。サツキに引きつけてられて、自分の感情がどんなものなのかもわからないほどだった。
だから。つい言葉を失っていた。
ただサツキを見つめている。
そのせいか、サツキは語を継いだ。もっとわかりやすく説明しなければ、理解できない話だと思ったのかもしれない。
「金星を見たこともあるだろう? 金星って、いつも太陽の側にあるなって疑問はなかったか? あれは、金星が地球より内側で太陽の周りを回っているからなんだぞ」
「……っ!」
また、ヒナはハッとした。
これも父が言っていたことと同じだからだ。
「一方で、火星は地球と双子星とも言われるくらい大きさとかも似てるけど、地球より太陽までの距離がちょっと遠いんだ。しかも公転……つまり太陽の周りを回る速度が違う。そのせいで、火星はいつもふらふらと計算できないような動きをしているように見える」
あの日の父との会話で、木星の話を教えてもらったときのこと。
「金星は太陽のちかくにあるね!」
ヒナがそう言うと、父は他の星のこともこう説明してくれたのだ。
「それは、金星が地球より内側で太陽の周りを回っているからなんだ」
「へえ! じゃあ火星は?」
「火星か」
「どうして火星はふらふらしてるの? いつも変なところにいるよ」
「おそらく、火星は地球の外側を回ってるんだ。そして、速度も地球と違うんじゃないかって思う。回る速さが違うのは、他の星もそうだけどね」
「そっかぁ!」
昔、父とした会話が一気に蘇ってきてしまった。
ただの懐かしさではない感情が渦巻くヒナに、言葉が出てこないのを説明不足とみたのか、サツキはなおも話してくれる。
「水星は太陽にもっとも近い惑星だな」
「……」
ヒナは自分でも説明できないような感情が溢れてきて、なんと言っていいかわからなかった。
不意に、質問の言葉が出てきた。
「ど、土星は?」
父に質問していたみたいに聞いたのは、確かめたかったからだろうか。サツキと父を重ねて、答えてもらいたくなったからだろうか。
他にも聞きたいことがあったのに、なぜかそんな質問が口をつく。
サツキはあっさりと答える。
「土星は地球より太陽からずっと遠くにある。それは知ってるだろう?」
「うん。どんな形?」
「……」
サツキはじっとヒナの目を見た。
なぜだろうと思うと、こう言われた。
「ヒナの望遠鏡では、いや……この時代の望遠鏡では観察しきれないのか」
「そうよ。お父さんが言うには、三つの星が合わさったみたいだって」
「まあ、ぼんやりとした輪郭だけで言えば、そう思っても仕方ない」
と言いつつ、サツキは砂浜に円を描く。
そこに輪っかが描き足された。
「星の周りに輪っかがあるんだ。そのために三つの星が合わさったように複雑に見えたのだろう」
「輪っか!? なにそれ! なんで!」
「輪っかがあるように見えるだけで、これは細かい氷なんだ」
「氷!?」
衝撃だった。
思ってもみなかった構造に驚きを隠せない。
なぜなら、現在、この土星の輪っかの存在を現時点で知っている者はこの世界にはいないからだ。
しかも星に輪っかがあって、それが氷だと言われても、すぐには想像が及ばない。
「氷の星がぶつかり合ってできた氷や岩が衛星のように土星の周りを回って、輪っかになったそうだぞ」
「そんなことが……」
サツキは夕空にうっすらと浮かぶ月を見上げた。
「ヒナだったら、これを聞いたらもっと驚くかな」
「なに?」
どこかサツキの表情が得意そうに見える。ちょっとしたいたずらでも仕込まれたような気がして、ヒナは口先をとがらせた。
今でもすでにこんなに驚いたのに、次はなにを言い出すつもりだろうか。




