83 『プルーヴトゥギャザー』
そうだな、とサツキはうなずく。
「仮面をかぶって生きてる人のほうが、多いだろう。自分を守るために」
「だよね」
「偽りを演じるほどじゃなくとも、本音をさらしたら苦しくなることもある。子供でも、なんとなくわかってることだ」
「みんなが好きなものを好きになれなくても、下手な笑顔つくってた。でも、サツキにはそんな仮面いらないよね。あたし、聞きたいことがある」
「なにかね?」
緊張する声に力を添えて、問いかける。
「――サツキは、証明する方法を知ってるの?」
サツキはあっさり答える。
「ガリレオの伝記を読んだことがある。そのとき、どうやったら証明できるか気になって、調べたんだ。それによると、フーコーの振り子による実験と年周視差の観測で証明できると知った」
ヒナはサツキの言葉に胸が躍った。目がきらきら輝く。次の瞬間には、思わずサツキの右手を両の手で握っていた。考えるより先に動いていた。
「すごい! すごいよサツキ! お願いっ、いっしょに証明しよう? いっしょに、イストリア王国まで行ってくれないかな?」
あまりにも期待をぶつけすぎたからか、サツキはやや困惑した表情になっていた。
「……」
「……?」
言葉がすぐに出てこないサツキを見つめ、ヒナは不思議そうに首をかたむける。
サツキが困って言葉に詰まった理由は明快だった。なぜなら、
「実は、フーコーの振り子っていうのがどんなものか、ハッキリとは覚えてないんだ。年周視差も一朝一夕には測れない。そもそも、年周視差が何物なのかさえあやふやだったりする」
理解したら満足して忘れてしまったという経験は、どんな人にもよくあることだ。だから学習においても復習が大事になる。
そういう意味でも、サツキも手伝うのはやぶさかではないのだが、どうすれば証明できるのか、微妙に論理がふわふわしているのだった。
ヒナはジト目を向ける。
「サツキ、よくつめが甘いって言われない?」
「それはおまえたち父娘の研究と同じだ」
まじめに冗談で切り返すように言われて、ヒナは「むぅ」と頬をふくらませる。そして、二人は同時に噴き出した。
「ぷふ。あははっ」
「ふ」
クールなサツキの笑い顔をちらと見て、ヒナは自分がこれまで笑うことさえ忘れていたことを思い出す。
――いつぶりに笑っただろう。サツキって、変なやつ……。
心から笑えたのは久しぶりだった。
サツキは穏やかな面持ちで言った。
「いっしょに、イストリア王国まで行こう。ヒナも俺たちの仲間になってさ。俺たちの旅には別の目的もあるけど、イストリア王国は通り道なんだ」
「旅の目的?」
「アルブレア王国の奪還。簡潔に言えば、悪の大臣から国を守ること。そのために、俺は王女であるクコによって異世界から召喚された」
「ふーん。信じられない。と思ってたけど、今なら信じられるわ」
「そうか」
サツキは遠く海原を見つめる。
ちょうど、船が港から出航していったところだった。
「この世界はおもしろいよな」
「そう?」
正直、おもしろくないことのほうが多い気がする。
「うむ。俺のいた世界とは、科学の進歩もそのバランスも異なる。これがあるのにあれがない、ということは当然起こるものだ」
「それくらい、どんな世界でも起こりうるわ。発見者がいるかどうかが大事だもん」
「そうだな。しかしなにより、この世界には魔法がある。俺のいた世界との一番の違いはそこだ。だが、似ている部分も多い星だ」
「どういう意味?」
「たとえば、晴和王国は、俺の生まれた国のいくらか前の時代の文化に似てる。あと、星座で言えば、あれだ」
と、サツキは夕焼けの空を指差した。
指先に示された星を見て、ヒナは即答する。
「北極星ね」
「うむ。クコからは、あれが北極星だと聞いた。しかし、俺のいた世界ではその近くにある別の星が北極星だった。こぐま座α星、ポラリスと呼ばれていたものだ」
サツキの指差す星を見て、ヒナは考える。
「へえ。あれが北極星って世界もあるのね」
「この世界は、視認できる星の数も多い。知らない名の星座ばかりをクコは言っていた。まあ俺も、北極星以外の星はあまり覚えてないからなんとも言えないがな」
「ははーん。確かに、星が似てるのにいろいろ違うし、魔法まであるしってわけか。まったくの異世界ってより、似てる世界ってことね」
「そういうことだ」
一拍置いて、サツキは語を継ぐ。
「ヒナ」
「ん?」
「木星はこの世界にだってあるだろう?」
「あるわ」
「観察したことはあるか?」
「当然。お父さんだって木星には着目してた」
「なら、ヒナは知ってるかもしれないが、木星には衛星がある。つまり、木星の周りをぐるぐる回り続ける星だ。地球の場合、周りを回っているのは月だ。これと同じことが木星にも言える。だったら、地球や木星だって別の星の周りを回っていても不思議じゃないと思わないか?」
「……」
ヒナは言葉を失っていた。
なぜなら、それはヒナの父が言っていたこととまったく同じだからである。




