76 『ファイナリーメットサツキ』
ヒナはまだ、チナミが助けてくれたことを知らなかった。
追っ手の二人もついてきているものと思って、夢中で走っていた。
浦浜マリンタワーが見えたところで逃げる足を速めて、スピードが増してゆく。
――ここならあいつらも入ってこられないでしょ。
ヒナがやっと入れる路地だったから、騎士が入り込むこともできまい。
飛び込むようにすべり込み、路地裏の細い道に入っていった。
――……あれ? 声も、足音も、聞こえない……? 途中から夢中で音なんて聞いてなかったよ。
今になって後ろの声が聞こえてこないことに気づく。
二人組の足音も近くにない。
つまり、二人組とはかなりの開きができたといえる。
距離もあるし、この路地に入ったところも見られていないだろう。
ここで路地を通り抜けられれば、完全に振り切ったことになるはずだ。
するすると蟹歩きで移動してゆく。
――逃げ切り成功ってこと? あたしって、実は足速い? なんてね。へへへへ。
入ってきたほうには、敵の姿は見えない。
大通りに出る。
そこで、ヒナは見た。
少年。
探していた少年の姿。
さっきは運命のいたずらで見失ってしまったが、今度は余計な連れもいない。一人で立っていた。
こっちを見ている。
「……そんなところで、なにニヤニヤしてるんだ?」
ヒナはへんてこな構えを取り、手を手刀にして聞き返す。
「あ、あんたこそ、こんなトコでなにしてんのよ? 城那皐!」
相手は、サツキだった。
ニヤニヤしているところを見られて気まずくなり、つい挑戦的な態度で名前を呼んでしまう。
すると、サツキは素っ気なく返事をした。
「別に」
だが、なにか言いたそうにしていた。
自分がサツキに聞きたいことならいろいろある。
それに比べて、サツキがヒナに聞きたいことなんてあるのだろうか。
ヒナは歯切れの悪いサツキをじぃっと見つめて、
「怪しい」
と言った。
なんて言い返してくるだろうか、と思って待ってみても、なにも言ってこない。
だから、ヒナから切り出すことにした。
その瞬間、
「ヒナ」
「サツキ」
二人の声が重なった。
向こうもなにか言いたかったことに違いはないらしい。
ヒナは意を決して、キッと顔を引き締める。
今度こそ自分から言おうと思ったところで、サツキから聞いてきた。
「なにかね?」
「あ、あんたこそなによ?」
自分のほうが言いたいこと、聞きたいことはたくさんある。ヒナから質問を始めたらサツキのターンまで長くなる。だからというより、聞かれたから反射で聞き返してしまったのだ。
しかしサツキはすぐには答えず考え始めていた。
「……」
それなら、と思ってヒナは言った。
「サツキ。あたしは今日、あんたのせいで変な騎士に追い回されて大変だったんだから」
まずは、質問するより先に文句を言わないと素直にしゃべれなかった。大変な目に遭ったから文句を言わないと気が済まないというのもあるが。
「それはすまないことをしたな」
「ふん。まったくよ。あんたに聞きたいんだけど、いいかしら」
「あの騎士たちのことか? 事情があって……」
「そんなことはどうでもいいの! もっと大事なこと!」
文句を言うためにサツキを探していたわけじゃない。大事なのは地動説のこととサツキが何者なのかであって、これからどうするか相談したかったのだ。
「どうぞ」
サツキに促され、
「あんた、地動説を――」
と言ってから口をつぐむ。
不意に、周囲の視線が気になった。
号外にあった話題を白昼堂々してしまえば、往来の関心を集めること必至だ。
「砂浜へ行こう」
そう言って、サツキは歩き出した。
ヒナはそのあとについていく。