74 『ゴーフルスピード』
ヒナは連続して角を曲がった。
足音は迷いなく、こちらに向かってきている。
――あたしの《兎ノ耳》は、足音で相手がどこにいるかだいたいわかる。あいつらを振り切るには、もっと複雑な道に入らないといけないみたいね!
さっきまでヤーバルと狭い道も利用して追いかけっこしていたばかりだ。その要領で逃げれば、この二人ならもっと簡単に逃げ切れる。
後ろから声が聞こえる。
「あっちだ!」
「逃がすか」
道を目視で確認する。角がもっと入り組んでいないと、曲がって曲がっての連続で姿をくらますのは難しい。
――せめてちょっとでも戦うすべがあれば、こういうときも逃げ切りしやすくなるのに。
無い物ねだりを考えながら、聴覚をとがらせる。
「超音……波って、出すの……難しい……かな?」
この先の角を曲がったところから、そんなことを言う少女の声が聞こえた。
ヒナは内心で即答する。
――人間には無理! 魔法でも使わなければね!
超音波ならちょっと前にも聞いたばかりだ。あれが魔法による人間業だったのかはわからないが、超音波は近くにいる者にならヒナほどの聴覚がない相手にも武器になる。
相変わらず後ろからは声が飛んでくる。
「『緋色ノ魔眼』城那皐の居場所を吐いてもらうぞ!」
「そんなのこっちが聞きたいわよ!」
言い返すと同時に、あの騎士二人組から逃げ切る方策を立てる。
――この先の通りには、子供がいる、他の人の声もある。人通りは多い。目くらましになってくれるはず。ここからが勝負!
だが、ヒナはさっきの少女たちの会話がピタッと止まったことに気づかなかった。
「待ちやがれ!」
「待つわけないでしょーがぁー!」
交差点を右折し、曲がり切れずに前転までして立ち上がり、顔を上げて道全体を見渡す。
――人はまばら! まずい! 曲がる場所もない! この先は一本道じゃないの!
さっきまで少女たちが会話していたはずなのに、いや、もう片方は声を出していなかったが、独り言のしゃべり方じゃなかった。それなのに、マリンセーラーの少女が一人いるだけで、近くに他の子供はいない。他の人も点々としている。目くらましになってくれそうにない。
ヒナは涙目になりながら叫ぶ。
「こうなったら先行逃げ切りぃー! うわあああああ!」
ダッシュでまっすぐ駆け続ける。
「お! いたぞ!」
「あっちだな!」
後ろからは声も足音も聞こえる。
それでも、ヒナは全力で踏み込み、全開で走った。
「負けないんだからああああ! うわあああああ!」
目を開けると、前方には浦浜のシンボル、浦浜マリンタワーが建っていた。ヒナにとっては趣味の悪いいびつなタワーだが、わかりやすい目印でもある。
「あ! マリンタワーが見えたっ!」
実は、ヒナがなりふり構わず「うわあああああ!」と叫んでいた数秒の間で、舞台裏の出来事があった。
それはヒナが『王都』天都ノ宮で会いたかった三人のうちの一人とのすれ違いであり、彼女と再会する少し前の裏話だった。




