68 『エクストラエディション』
創暦一五七二年四月十三日。
ヒナは『世界の窓口』浦浜にいた。
天領直下の港町であり、浦浜港は晴和王国七大貿易港の一つに数えられる。
黄崎ノ国を治める国主・小座川氏はこれより西にある田留木に鉄壁の城下町を構えているが、経済規模はこの浦浜が晴和王国内で王都に次ぐ第二位を誇る。
涼やかな風吹くこの港町に、ヒナは前日の十二日に訪れて、昨日は図書館で調べ物をした。
そして十三日、いよいよ出発を決意する出来事があった。
「図書館には昨日行ったし、今日は浦浜宇宙科学館にでも行こうかしら。城那皐を探すのも兼ねてね」
潮風に髪を押さえた。
歩き出してしばらく。
街では新聞の号外が配られていた。
「号外~号外~!」
よっぽどのことなのか、号外を配る人は通りかかる人みんなに押しつけるように渡してゆく。
中には、空を舞っている号外もあった。
ヒナは通りかかった際に手渡され、見出しに目を走らせる。
「……っ」
足が止まった。
心臓も止まった。
一瞬だけだが、呼吸ができなかった。
しかし心臓はバクバクと鳴り出した。
「ついに、来た……」
待っていた時が来た。
見出しには、こうあった。
『浮橋博士、天文学をひっくり返す裁判』
新聞には、父の名前がハッキリ書かれている。
浮橋朝陽、と。
裁判の日時も記されていた。
「時は、九月十二日。もう時間もない……」
つぶやくと、ヒナは号外を手にまた歩き出した。
――ついに……ついに……この時が来た。裁判まで半年もない。今からだと、マノーラに戻る中でどれくらい研究のために寄り道する余裕があるだろう……。
今が四月十三日だから、ほとんどちょうど五ヶ月後。
裁判が始まる直前に戻るとして、一ヶ月半から二ヶ月ほどのゆとりはあるとも言えるが。
切羽詰まっている。
父と相談して共に研究を完成させるだけの時間も用意するとなると、戻るのがギリギリでは遅い。
――やっぱり、時間はないみたい。
もし。
仮に。
地動説証明の手がかりをつかみ得たとしても、マノーラに戻る旅の中ひとりで研究を進められるとは思えない。
「サツキに会えたら、頼むしかないよね」
いっしょに研究をしてほしいと。
サツキも船に乗るのなら、旅路のどこかで巡り会えるかもしれない。
今日のうちに出会って話したいが、少なくとも旅路のどこかでは彼に会わないと、研究は進展しない予感があった。
――『晴和の発明王』って人にも会えていたら違ったのかな? いや、会えなかった人のことを考えてもしょうがないじゃない。
弱気を振り払うように、首を横に振った。
「むしろ、サツキに会って『晴和の発明王』にも会える。そんな可能性だってあるもんね」
まったくないとは言い切れないではないか。
――言霊の力言霊の力。
口にする言葉だけはポジティブにしようとして、
「なんなら、お父さんもお父さんで研究が進んじゃってるかもしれないわ」
とも言ってみる。
だが、不安は拭いきれず、ヒナは歩く足を止めた。
「『晴和の発明王』はともかく、あたしはあいつに会わないといけない。どこにいるの……サツキ」