66 『フィアーサムライ』
どうやら背後から刀の刃を伸ばしているらしい。
突然の展開に女が驚き、動きを止めたところで、刃が首に添えられていた。少しでも動けば切れてしまう。
なにが起こったのかまるで理解できない。
少年がなにをどうしてこうなったのかがわからない。
ただ、恐怖だけは嫌というほど感じていた。
「……っ」
頭からも背中からも汗が出てくる。
しかし言葉は出なかった。
「あなた方にどんな事情があるかは存じませんが、子供一人に四人がかりはみっともないじゃァありませんか。見過ごせなかったんでね、ついお相手させてもらいましたぜ」
「……」
――このガキ、あの浮橋陽奈とは知り合いでもなんでもないってこと?
そう読み解ける。
首を突っ込んできただけの正義漢らしい。
もっと言えば、自分たちのことも少年はなんにも知らないのだ。
なのに、わざわざ剣を抜いた。
とんだ正義の味方である。
その少年が提案する。
「お姉さん、ここらで手打ちといきませんか」
「……手、手打ち?」
「仕舞いにしようってことです」
「つ、つまり、手を引けってこと?」
「皆さん、どうも晴和王国の人間でもなさそうだ。祖国に帰ってくれないかなァ。ここが僕の友だちの領土ってのを抜きにしても、この国で好き勝手されちゃァたまらないや」
「あんたが何者かは知らないが、もし嫌だと言ったら?」
恐る恐るそう口にして、後悔する。
「そいつァ覚悟の上ですかい?」
ゾクッとして、少年の問いに答えられなくなってしまった。
こんな少年からは本来出そうもない殺気に当てられ、奇妙なほどの恐怖に腰が抜けてしまった。ぺたりと地べたに座り込んだ。
戦意喪失はだれの目にも明らかだった。
まだ答えられない。
口が動かない。
「……」
開いたままの口がわなわな震える。
それを、後ろからは見えないだろうに、
「そりゃあ重畳」
と少年は言った。
少年は柄の白い刀を鞘に戻すと、今度はもう一本を抜刀した。
カチン、と一瞬で納刀。
これによってであろうか、仲間たち三人の剣が破壊されて吹き飛んでいった。
「へえ、これが『戸和安寧』。いなせだねえ」
最後に、女の剣を拾って、品定めするように見ると。
「この剣だけはなかなかのものです。大事にしてください」
丁寧に地面に置く。
こちらに向き直り、
「では、失礼いたします」
そして律儀に一礼した。
去り行く少年。
やがて、こわばっていたが身体が動くようになると、仲間へと視線を戻して、消え入る声でつぶやく。
「アタシも命は惜しい。あんな剣法家とやり合うなんて、割に合わないよ。退くか……」