65 『ソードフィート』
ずっと後方から、なにか声が聞こえてきた。
会話だろうか。
話している内容はわからないが、ヒナは気になって振り返った。
――なに? 結構ノイズの入った声……怒ってる? トラブル?
音は波形であり、この波形の乱れは感情によって乱れる。ノイズが走ったようになり、《兎ノ耳》を持つヒナにはその乱れが感知できるのである。
これによって感情も伝わる。
だが、肝心の内容は把握できない。
――あたしの耳では会話の内容までは聞こえない。引き返して聞いてトラブルに巻き込まれるのはご免だわ。
耳を傾ける。
カチューシャになっているうさぎ耳が動く。
《兎ノ耳》で音を聞き取ろうにも、やっぱり聞こえない。
――聞こえない。けど、近づいて来ている感じはない。だったら、巻き込まれないうちに逃げよう。
ダッと、ヒナは駆け出した。
まるで脱兎の如くである。
「逃げるが勝ち! 触らぬ神に祟りなしよ」
その頃。
仲間から先行してヒナを尾行していた女は、ヒナが振り返ったことで物陰に身を潜め、仲間を見やる。
止めるべきか、自分だけはヒナを追うべきか迷う。
――あいつら……! どうする? 止めに行くべき? いや、あいつらに構うことはないわ。あんなガキ一人、すぐに始末するでしょ! 浮橋陽奈はこっちに来る様子はない。アタシは浮橋陽奈を追う!
女がヒナの追跡を再開しようとするが。
ヒナはもう姿を消していた。
「は!? もういない! 浮橋陽奈、どんだけ逃げるのが速いのよ!」
この声は、魔法によって音にはなっていない。
だからヒナにも聞こえていないだろうが、そのヒナがどこにいるのかもわからなかった。
――こうなったら、アタシだけでも浮橋陽奈に追いつく!
走り出そうとした、そのとき。
「そんなに言うなら、この山も海もてめえの血で染めてやる!」
仲間の男が剣を抜いた。
キン、と音が響く。
女はそちらを振り返った。
剣は宙を舞って、地面に落ちた。
すなわち、男の剣は少年の刀によって弾き飛ばされたのだ。
少年の抜刀が光の速さだった。
「な、なにしやがった!」
言葉は返ってこない。
返事は行動で示される。
刀の峰の部分で、男の首が後ろから叩かれて、男は気を失った。
「こいつぅ!」
「待て! 奴の魔法がわからんうちから無闇に……」
残った二人の仲間のうち、女のほうが少年に攻撃を仕掛けようとするが、少年は一瞬で女の背中側に回り込み、さっきと同じように峰で首を打った。
もう一人の男は冷静になろうとして注意喚起していたが、こちらはその言葉の途中で、顎を柄の先で突き上げられてしまう。
二人共、気絶した。
――クソ!
「なんて早業なのよ!」
思わず魔法を解いて、声が消えずに音になる。
パチリと少年が目を開き、女のほうを見た。
「うっ!」
身構え、武器に手をかけようとした。
が。
少年の姿が消えてしまった。
「ど、どこに――」
「やめたほうがいい」
刀が首の横にあった。