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64 『イントルードボーイ』

 四月十二日。

 朝早くに、ヒナは川蔵宿を発った。

 このとき、ヒナを付け狙っている者たちがいた。

 それは、地動説証明を阻止しようとする宗教側の刺客である。

 主導しているのは、自分から発する音を消せるという魔法を持った女で、彼女は仲間を先導する形でヒナを尾行していた。

 女の後方数十メートルの距離に、仲間が続いている。仲間の数は三人で、ヒナが優れた聴覚を持つことを知っていて、三人から発する音がヒナに聞こえないであろう距離を保たせていたのだ。

 ヒナが人通りの少ない地点までやってきたのは、お昼前。

 お昼時、町を行き来する人々も昼食の時間であり、食事処が近くにある場所に通行人は集まる。

 あるいはまだまだ町のそばにいる。

 早めの昼食を済ませ、これから町を出る人。

 昼食に合わせて町に到着するようやってくる人。

 逆に。

 食事処もない、町の近くでもない、閑散としてなにもない、そんな道を歩いていれば、この時間にだれかと遭遇する確率は下がってくる道理だ。

 だからこそ、この時間にヒナがこんな場所を歩いているのは、追っ手の刺客たちにとっては都合がよかった。

 いよいよ、仕掛ける時が訪れたのである。


 ――通行人もまだいない。そろそろ頃合いかしらね。


 女はニヤリと口を歪ませて振り返り、仲間の三人に合図をした。


 ――行くよ。


 合図の意味は、三人にも伝わる。

 三人は、男が二人と女が一人。

 特に力自慢の男が嬉しそうに歯を見せて笑った。


「ついにやれるのか。殺していいんだよな?」

「あんなガキ、生かす必要もないでしょ」


 と、女がせせら笑う。


(うき)(はし)()()(くう)()(くに)の自宅に戻ったのは明白。そこでなにか資料を持ち出した可能性もある。野放しにするくらいなら、死んでもらったほうがいいだろう。資料の回収だけは忘れず……ん?」


 言葉の途中で、もう一人の男が不意に振り返った。

 なんらかの気配を感じたのだ。


 ――なんだ?


 背後にいたのは、少年だった。


 ――ガキ……か。


 年は十三、四歳くらい。背は一六二センチほど。

 後ろで一つにまとめた髪は長くつややかで、だんだら模様を袖にあしらった白い羽織と袴姿。

 腰に二本の刀を帯びている。

 侍の子か。

 あるいは、旅の剣士か。


「だれよ、こいつ」

「なに見てんだよ?」


 二人が少年をにらみつける。


「ええ、ちょっと空をね。綺麗な青じゃァありませんか」

「は? 青?」

「朝の空ってのは美しくていいものです。雰囲気だねえ」

「用がないならおれたちから離れろ!」


 怒鳴りつけるが、少年はにこにこ笑ったまま答える。


「こんな綺麗な青に赤が混じっちゃァいけないや。風情ってもんがなくなりますぜ」

「なにが言いたいのよ!」


 女が苛立った声をあげる。

 二人が少年と話している横で、男は考える。


 ――そういえばこのガキ、いつからここにいたんだ? まったく気配も感じなかったぞ。足音にも気づかなかった。何者だ?


 相変わらず微笑を称えたまま、少年は海を見る。


「黒い赤ってのはァ、山にも海にも似合わない。どうかやめてくれませんか」

「黒い赤?」

「山? 海?」

「なに言ってんだこいつ」


 二人の声がどんどん尖ってきて、声のボリュームも上がってきていた。

 それは少し前を歩くヒナの耳にも聞こえ兼ねないものになってゆく。


「ちっ」


 少年と言い争っている仲間を見て、先行していた女が舌打ちした。


 ――ガキに構ってんじゃないよ! デカい声出したら、浮橋陽奈に聞こえるわよ!


 女が前を見ると。

 ヒナが振り返った。

 もちろん、女の舌打ちは彼女の魔法で音にならない。

 ゆえに、ヒナが振り返ったのは仲間の声を聞き取ったからだと思われる。


 ――振り返った! 浮橋陽奈、まさかあいつらの声が聞こえた?

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