62 『フォーミュラ』
おみくじはカバンにしまった。
お参りもしたしお守りも買った。
境内をぐるりと見回して、それから出口に向かった。
「末吉だったし、苦労も多いみたいだし、他にも色々書いてあったけど、簡単じゃないのはわかってた。苦労が多いのも知ってた。本当に大事なのは、書いてあることより、自分がどうするかよね」
川蔵大師を出て。
ヒナはまた東海道を歩いた。
東海道といっても、まだまだ『王都』からも近場で目的地も遠くない。
宿も見つけやすいし歩きやすいエリアだ。
「結構時間も経ったし、この分だと夕方までにはそんなに進めないかな」
そして夕刻。
天体観測をしたあと、宿を見つけた。
次の日。
ヒナは造船所の横を通りかかった。
『東郷造船所』といって、大きな船もあるところだ。
場所としては川蔵の海沿いである。
「ここ川蔵は数年前までは黄崎ノ国だったけど、今は武賀ノ国。だから武賀ノ国の船を作ってるのよね」
ほんの数年前だから、ヒナの記憶にもある変化だった。
武賀ノ国では、父から家督を継いだ新しい国主がまだ二十代前半。
名を鷹不二桜士。
世間では『大うつけ』とも噂されるが、最近頭角を現してきたとも言われている。その国主は水軍にも力を入れているらしい。
「え……」
ヒナは驚いた。
――あれは、蒸気船。『科学の申し子』であるあたしだからわかるけど、蒸気船は今の世界の科学レベルとしては先端技術といえる。それをあんなに……。武賀ノ国が水軍に力を入れてる噂は本当だったのね。
驚きはしたが、今のヒナには関係ない。
――まあ、だからあたしがなんだってこともないけどさ。
造船所では、六十を過ぎた棟梁が若手と共にせっせと働いていた。
「棟梁、この調子なら数日以内にできそうですね」
「ああ。頑張るか」
棟梁は若い船大工の肩を叩いて鼓舞し、船に小槌を打っていた。
まだまだ元気で若々しい棟梁である。
自分も負けていられないと思い、ヒナは歩き出す。
「もう少し歩いたら、今日は宿に泊まろう」
景色に変化もなくなると。
つい、またサツキのことを考えてしまう。
サツキは浦浜から船に乗ると言っていた。
『王都』で見かけたとき、サツキの仲間の一人は宿に馬車を止めていた。つまり、馬車での移動になる。早ければ、ヒナの目指す浦浜にも、すでに着いている可能性もあった。
「サツキ……あいつ、船に乗ってないでしょうね。話したいこと、あるんだから」
――あたしにもお父さんにも導き出せない数式が、きっとあいつの中にはある。
そんな気がする。
否、確信している。
だから、追いつきたい。
そのために歩かなければならない。
――もうひと頑張り……!
それからまた少し歩き、暗くなってくると天体観測もして、また歩いて、やっと宿が見えた。
「まあ、今日はここまでってことで!」
空もすっかり暗くなったし、ヒナはそこで休むことにした。
――待ち人は来るの遅いんだから。焦らずいこう。
宿に入る。
「ごめんくださーい」
このとき、ヒナの耳でも拾えない潜伏者が遠くから見ていた。
久しく会わずにいた追っ手。
父の地動説証明を阻止しようと企む組織の手の者である。