60 『リターンマノーラ』
会いたかった幼馴染みは旅立っていた。
『王都』に残っていたのはヒナのほうだった。
よりにもよって今日旅に出たと聞くと、とことんタイミングがずれていたのだと思えてならない。
チナミの家を出て、ドアを閉めた。
そこで立ち止まる。
「もう、なんでこう間が悪いのよ」
「本当に残念です」
「まったくよ」
「はあ」
隣で聞こえるため息と声に疑問を覚え、横へ顔を向ける。さっきからヒナといっしょになってぼやいていた少女に言った。
「あんただれ?」
「え」
少女は、ヒナよりも一つ年下くらいだろうか。
袴姿に長い黒髪、身長は一五〇センチ弱で、よく整った綺麗な顔をしていた。深窓の令嬢を思わせる気品がある。
でも、なぜかどこかで会ったことがあるような、見かけたことがあるような気がする。そんな顔だった。
「あかんかったか。じゃあ行こか」
声をかけたのは、仮面のようなメガネをかけた青年だった。
――怪しい人ね。
妙な空気をまとった青年だと思った。
これまでヒナが出会っただれとも異なる空気感。
少女は彼の一歩後ろについて歩く。
「はい」
「人の縁は不思議なもんや。必要なときに会える。気を落とさんことやな」
声が大きいわけじゃない。けれど、まるでヒナにも言っているかのような、そんな声の張り方だった。
ヒナは二人の背中を見送り、腕組みする。
二人の姿が見えなくなって、ひとりごつ。
「ま、あいつの言ってることも一理あるわね。あたしだって、そのうち会えるわ」
言霊の力もそうであるように、そうなるようヒナは声に出した。物事は、世界は、言葉の通りになってゆく。そう信じて。
そして歩き出す。
「待ってなさい、城那皐。あたしの話、今度こそ聞いてもらうんだから」
『晴和の発明王』に会えなかった。
城那皐には肝心なことが話せなかった。
幼馴染みとはすれ違って顔も見られなかった。
そんな心残りな『王都』を発って。
ヒナは浦浜を目指した。
新聞で報じられる父を非難する記事の様子から、裁判までの日数が少なくなってきていることを感じている。
そろそろ、晴和王国を出ないといけない時期になっている。
だから、もう父の裁判が行われるイストリア王国のマノーラに戻られなければならないのだ。
マノーラまでは、船で大陸に渡る必要があった。
王都からもっとも近くて大きな港が浦浜港なのである。
そこにサツキも行くらしい。
そこに行けばサツキにも会えるはず。
そこでは本当にチナミとの運命の交錯があるかわからないが、少なくともサツキに会える可能性はある。
黄崎ノ国、浦浜。
『王都の庭先』。
またの名を――
『世界の窓口』。
その途中で。
ヒナを狙う怪しい影があった。