59 『ミスイーチアザー』
翌朝。
ヒナはチナミの家に向かった。
昨日の夜は、やっとサツキに会えたのにたいして話せなかった。二回も会えたのに、一回目は十四番目の月をしただけで、二回目はサツキが怪我をしていたのでハンカチを貸した。
おかげで話し損ねた。
――あのあと、『晴和の発明王』に会えるわけもなく、人斬りがだれか斬ってるのを見かけた。それなのにその人斬りのほうが倒れてて、斬られたと思ってた男の子は消えてた。ほんと意味がわからなかったわ。
月夜で暗かったし、少年の顔はちゃんと覚えていない。
剣を向けられてのんびり笑っているような少年だったが、なにがどうなったのか、《兎ノ耳》の魔法でもわからなかった。
ただ、なにかが起きたことは確からしい。
「まあ、昨日なにがどうなっても関係ない。おかげで今日は寝坊しちゃって、サツキの行方も見失っちゃったけど、チナミちゃんに会ったら浦浜に行けば会えるわ」
だから、サツキの行方については問題ない。
これからの方針を考えながら歩いて。
チナミの家の前に到着する。
――さすがに、チナミちゃんには会えるよね。久しぶりだなぁ。背、伸びてるかな?
記憶の中のチナミはとても小さい。
出会ってから幾度となく会ってきたが、ずっと小さい。
少しずつ大きくなってはいるものの未だに小さなイメージしかなかった。
可愛らしいチナミの姿をイメージして、にんまりする。
ヒナが唯一心を許している友だち。
そんなチナミに久しぶりに会える。
昨日のことや、晴和王国に戻ってからの旅のこと、マノーラにいたときのこと、話したいことがたくさんある。
寝坊したせいでお昼を過ぎてしまったが、出かけていなければ家にいるはずだ。
さっそく、ヒナはドアをノックした。
出てきたのは、チナミの母だった。
「はーい」
ヒナは笑顔で挨拶する。
「こんにちは! お久しぶりです」
「あら! ヒナちゃん、久しぶり。大きくなったわね」
「はい。今、晴和王国を旅してて、それで王都に来たのでご挨拶に」
「とにかく中に入って」
お邪魔します、とヒナは家に上がる。
家にはチナミの父もいた。
チナミはこの父に似て小さいのだ。
ヒナは家の中を見て、
「うわぁ、懐かしい! 変わってないですね」
ちょっとは変わっているが、物の配置とか、変わってない部分が多くて懐かしかった。
「あれ? チナミちゃんは? いないんですか?」
困ったように苦笑いを浮かべて、チナミの母は答えた。
「ごめんね。実はチナミ、今日旅立ったの。びっくりでしょ?」
「えええええぇぇー!」
それは本当に驚いたリアクションだった。
まさかチナミが、ヒナよりも一つ年下で、ヒナと違って家に問題などなにもないはずのチナミが、なぜ旅に出る必要などあるのだろうか。
「どうしてですか?」
勢い込んで聞くと。
「話せば長いんだけど、友だちのため。かな」
「友だちの……」
「あと、おじいちゃんに会いに行くんだって」
「ああ、あの神龍島にいる海老川博士ですね」
「そう。いっしょに行く友だちには、その子の家族……というか、いとこにね、大変なことが起こってて。それを助けるためみたい」
「はあ」
詳しいことは話せないのかもしれない。
それは、ヒナと事情が少し近い。
「ヒナちゃんも大変みたいね。お父さん、裁判があるかもって新聞で見たわ」
「はい。お父さんと裁判で戦うために、あたしは旅をしてるんです。これからマノーラに戻ります」
「そっか。ゆっくりしていってほしかったんだけど」
「ありがとうございます。あたし、行かなきゃ。チナミちゃんの顔を見ようと思って挨拶に来ただけなので、失礼しますね」
「こっちこそ、来てくれてありがとう。ごめんね、チナミがもういなくて」
「いいえ」
チナミの父も声をかけれてくる。
「おそらく、ヒナちゃんが向かう先のどこかで、チナミとは交錯できると思うよ。そのときは、チナミのことよろしくね」
「? は、はい」
「気をつけて」
ぺこり、とヒナはお辞儀をした。
チナミの父は将棋の達人で、『名人』と呼ばれている。元幕府の指南番でもあり、明晰な頭脳を持つと言われる『幻の将軍』とも旧知の友人で将棋を教えていたらしい。
先の先を読むことのできるチナミの父には、なにか予測がつくことがあるのかもしれない。