57 『キャントビーオネスト』
まだ話は終わってない。
聞きたいことがある。
それはサツキのことであり、地動説のことである。
うっかりサツキと二人でヒナの好きな十四番目の月を見上げて、母のことを思い出して、そのままバイバイするところだった。
本題の前に……。
ヒナは腰に手を当てた。
「あたしは、キミじゃなくてヒナって名前があるの。浮橋陽奈よ。『科学の申し子』浮橋陽奈。覚えておきなさい」
「覚えているさ」
「じゃあ名前で呼びなさいよね!」
「そういえば、ガモンとかいうジーンズをはいた変わった人が、地動説について話す娘に会ったと言ってたぞ。ガモンさんに会ったんだな」
意外な名前にヒナは驚く。
「あ! そ、そう、それよ。それを忠告しに来てあげたのっ」
「忠告?」
本当は地動説の話とか、サツキが何者なのかを聞きに来たのだ。しかし、他にも話したいこともあるし、照れ隠しに忠告しにきたなどと言ってしまった。
――あたし、なんでこいつ相手だと素直に言葉が出てこないのよっ。自分に嘘はつかないって決めてるのにぃ。
言霊の力じゃないが、言った言葉がそのまま現象化してしまう。
だからサツキには、前向きでこうなりたいという言葉をかけたい。それなのに、どうしてもつっけんどんな態度を取ってしまう。
その感情がなんなのか、ヒナにはよくわからない。
なぜだかペースが乱され、素直になれないのだ。
心では素直にしゃべりたいと思いながら、ヒナはガモンの話をしておくことにした。この件は、どっちみち教えてあげたほうがいい。それほどにガモンは危険人物だ。
「あのガモンってやつ、相当ヤバイわよ。伝統って言葉を聞いた瞬間、店で暴れ出したんだから。店員さん殴るし、刀から血を吸わせて、刃をペロペロなめるし、気持ち悪い。吸血鬼かと思ったわよ」
「ほう。もう少し聞かせてくれ」
「あいつね、古い物とかが嫌いらしいのよ。伝統とか、現状維持とか、保守とかも。幕末の人斬りだったんだって」
「人斬りか」
「人斬りガモンってまくし立ててたもん。で、維新とか革新とか進化とかが好きって言ってたわ」
「なるほど」
サツキは勝手になにか納得していた。ガモンとの会話で、綱渡りのようなことがあったのだろうか。
「ありがとう。おかげで少し謎が解けた」
「そ、そう?」
役に立てたならよかったわ、と思うが慌てて真剣な表情に戻す。
「ふ、ふんっ。言ったでしょ? 教えに来てあげただけだって。せいぜい、あいつには気をつけなさい。もしかしたら、王都の人斬りってあいつかもしんないんだからさ」
「そうだな。気をつけるよ。じゃあ」
それだけ言って、サツキは宿に向かって歩き出す。
――あっ!
声をかけようと手を伸ばすが、つんのめってしまう。
転びそうになって踏みとどまり、顔を上げると、もうサツキは見えなくなっていた。
知らない人間たちの隙間に立ち尽くし、きゅっと口を結ぶ。
腕組みして、サツキの背中に、聞こえない声でつぶやく。
「もう、また聞けなかったじゃない。星の話……。サツキはいったい、何者なのよ……」