56 『フォーティーンスムーン』
夜の『王都』天都ノ宮。
そこは、ヒナが以前訪れたときとは打って変わった幻想曲の中の妖しい光と闇の世界だった。
――元々、王都って夜も賑やかで眠らない街って言われてるくらいだけど、今の王都はなんか物騒な妖しさがあるのよね。これも人斬りと怪盗のせいかしら。
昼間、噂で聞いた話では昼夜で事件が起こっているそうだ。
怪盗事件が昼間に起こり。
人斬りが夜間に現れる。
――夜に人斬り……しかも、さっき会った人斬りが『幕末の最悪』桐村我門。そりゃあ、穏やかじゃないわよね。
真っ赤な提灯に照らされて、いっそう妖しさが増してゆく。
歩けば歩くほど、夜が深まるようだった。
しばらくして、ヒナはサツキを見つけた。
だれか、新しい仲間を連れている。
金髪の青年で、ガタイがいい。
西欧系だろうか。
オレンジ色のスーツが目立つ。
サツキとクコ、もう一人がルカといっただろうか。名前は列車の中で聞き耳とを立てて知った記憶なので間違っているかもしれない。
その三人に加えてもう一人。
いったいサツキたちはなぜ仲間を増やすのだろう。
――仲間を増やすのには理由があるはず……でも、結局本人たちに聞かないとよね。て、それよりサツキを追わなきゃ。タイミングを見計らって、聞き出してやる。あんたがなにを知っているのか。
ヒナが尾行すると。
四人は宿屋に入っていった。
――え、宿屋? 早っ。宿が決まって、あとは寝るだけ? だとしたら、声をかけられないじゃない。
少しの間、ヒナは物陰にとどまってみることにした。
「あいつら、夜ごはんのために出てくるかもしれないもんね。ちょっとだけ、待ってみよう……」
待機時間はほんのわずかだった。
思ったよりも早く、サツキは外に出てきた。
――あ、城那皐! なんだ、こんなに早く出てくるなんてラッキー!
口元が緩んで、それからヒナは頭をブンブン横に振る。
――違う違う! それじゃ、あたしがあいつに会えて喜んでるみたいじゃない!
ヒナは宿屋の入口を見て、
――あれ? 他の三人は? 来ない? だったら、これこそラッキー! 問い詰めてやる!
さっそく、ヒナはサツキを尾行した。
こそこそと後をつけていると。
サツキは、少しだけ宿から離れた場所まで来たら足を止めた。たったの三分くらいの散歩である。
夜空を見上げてつぶやいた。
「今夜は満月か」
つられて、ヒナも空を見上げる。
――ん?
と。
急に、サツキは振り返った。
突然のことに、ヒナはうさぎ耳をビクッと震わせて、脱兎如く路地に隠れた。
「出てきたまえ。今は俺しかいない」
その声に、ヒナは観念する。
――どうやらバレてるみたいね。しょうがないな。
ぴょんとヒナは路地から出てきた。
「……文句でも言いに来たの?」
尾行がバレて決まりが悪いので、ヒナはサツキの顔を一瞥するだけで、目を合わせられない。
「いや。俺に用があるんだろう?」
「ふん」
と、腕を組んでそっぽを向く。
「話なら聞く」
「べ、べつに……」
そう言われると、ありがたいのに言い出しづらさで言葉が詰まる。
切り出さないヒナを見て、サツキは言った。
「まあ、キミが話したくないなら構わないさ」
「ていうか、今夜は満月じゃなくて十四番目の月の晩よ」
「十四番目の月……そうなのか。確かによく見たら満月ではないな。勉強になったよ」
サツキは素直な性格らしい。すんなりと聞いてくれる。
ヒナは改めて空を見上げて、月の光を浴びた。
「あたしはこの月が一番好き」
――この月……十四番目の月は、花が開くときみたいな綺麗さがある。なんだか、キラキラして見える。
父曰く。
「お母さんは、十四番目の月が好きだったんだよ」
「へえ。なにそれ」
「月の満ち欠けを数えて、十四番目になる月でね。満月の一個前の月かな」
「なんでお母さんは十四番目の月が好きだったの?」
「花が咲くときみたいに、輝いてるから。そう言ってた。お父さんには、少しよくわからなかったけど」
「花?」
そのときはわからなかった。
まだ七歳くらいだったし、そんな感性も持ってなければ言語化もできなかった。
しかし今ならわかる。
「お母さんはロマンチストだったからね」
そう言った父の言葉も、今になれば、確かにそうだと思えてくる。
――あたしもまた、ちょっとロマンチストなのかな。なんて。
瞳を揺らして月を見ていると。
サツキが言った。
「綺麗な夜空だからって、あんまり外を出歩くなよ。このへんは夜に人斬りが出るらしい。じゃあ」
それだけ注意喚起してくれると、くるりときびすを返して宿に帰ろうとする。
ヒナはサツキを呼び止めた。
「ちょっとっ」
「ん?」
振り返ったサツキ。
まだこの不思議な少年に、話したいことがあるのだ。